イスラエル学
レジュメ(14)2026年9/26
イスラエル以外で
国をなくした民族は雑婚により全て消えてしまった
イスラエルに首都を置いて支配した独立国家は1948年まで一つもなかった
約束の地すべてにユダヤ人が定住したことはない
つまり土地の契約は成就していない
将来イエスはエルサレムのダビデの王座から世界を統治する
2006年フルクテンバウム博士セミナー
講師:Dr. Arnold Fruchtenbaum
通訳:中川健一牧師
『イスラエル学』
THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY
(テキスト)
ご購入はこちらから(CD)(テキスト)(電子書籍)
フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。
以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
(セミナーでは新改訳3を使用しているので説明文では新改訳3)
(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
「新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j
「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version ASV)
茶色の文章はアーノルド・フルクテンバウム博士著 中川健一監訳 佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY』
(書籍)(電子書籍) 82~88頁からの補足説明です
興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。
紙の聖書「新改訳2017」はこちらをどうぞ
イスラエル学
Ⅰ.過去のイスラエル
A. イスラエルの選び
B.無条件契約
C.モーセ契約とモーセの律法
D.レムナント
Ⅱ.現在のイスラエル
A.神の国のプログラム
1.普遍的な王国か永遠の王国
2.霊的な王国
3.神政政治の王国
4.メシア的王国か千年王国か
5.奥義としての王国
B.イエスのメシア性の拒否と、その結果と成り行き
1.マタイ12:22ー45
2.ヨハネ11:1ー57
3.ルカ19:41ー44
4.マタイ23:1ー36
5.ヨナの第2のしるし
6.拒否の結果と成り行き
C.無条件契約
1.アブラハム契約
2.土地の契約
3.ダビデ契約
Ⅱ.現在のイスラエル
Israel Present
セミナーテキスト6ページ
A.神の国のプログラム
The Kingdom of God Program
中川先生による確認
特にこの中で重要なのはイスラエルがシナイ山でシナイ契約(モーセ契約)を受けて以降
3.神政政治つまり神さまが王となる時代で
前半は仲介者を通して神が支配し
後半は王が統治をする形で神政政治になる
その一番豊かだった時代がダビデ・ソロモンの時代
それから崩壊し始め
最後はゼデキヤという王さまで終わりになり
バビロン捕囚で神政政治は終わる
神政政治が終わりに近づくに従い
イスラエルの預言者が出て将来の希望を語る
それが4.メシア的王国
メシアが来たならこういう王国が出るよ
と預言を語る
イエスさまは来られた時に
メシア的王国をイスラエルに提供した
もしイスラエルがそれを信じていたら
その時点でメシア的王国は成就していた
ところがイスラエルは拒否した
それが書かれているのがマタイ12章
それ以降メシア的王国はその時代に成就せず
先延ばしになった
今でもまだ成就していない
そこで旧約では預言されていなかった新しいものが入り込んでくる
それが5.奥義としての王国
奥義としての王国の時代に入っているのが
今の時代
奥義としての王国は教会よりも大きい
教会を含む概念なので変なのもいっぱい入り込んでいる
今そういう時代にあるということを学んだ
それを前提に
イエス・キリストのメシア性が否定されて以降
イエスさまが
公生涯の方針を変えた
メッセージの仕方を変えた
癒しの意味が変わった
イスラエルに与えられるしるしはたった3つ
ヨナのしるしだけになってしまった
①ラザロの復活
②イエスの復活
③Ⅲ.将来のイスラエルで黙示録に出てくる
ふたりの証人の復活
「この世代の者たち」は赦されない罪を犯してしまったさばきが紀元70年にやってきた
それ以降
イスラエルの歴史は離散の歴史に入っていく
なぜユダヤ人が全世界に散らばっているか
そのルーツをさかのぼるとマタイ12章に行き着く
フルクテンバウム先生が言われたように
イエスの十字架と復活の出来事を除いては
マタイ12章のイエスのメシア性の拒否ほど
大事な話はないというのはそれ
無条件契約とイスラエルの関係がどうなったかというところを今から行く
神の国プログラムと無条件契約の関係について言うと、両者は切っても切り離せない関係にある。
「神の国プログラムは、永遠に変わらない神の無条件契約が具体的な形をとったもの」だからである。
セミナーテキスト7ページ(8/22)
C.無条件契約
Unconditional Covenants
今日無条件契約がどうなっているかを今から学ぶ
イエスさまが死んだ時に
全部の約束が成就したわけではない
[ここで非常に重要なことを言う
契約神学という神学体系がある
契約神学に立つ人たちはこういう説明をする
これものすごく大事
イエスさまが死んだ時に
まだイスラエルに与えられた約束の全部が成就したわけではなく
イスラエルから取り去られて
新しく誕生した教会にそれが引き継がれた これを]
イスラエルから教会へ置き換えがあった
という意味で置換神学(しかんしんがく) replacement theologyと言う
これはカベナント・セオロジー契約神学に立つ人たちが考える神学体系
[それを証明するために置換神学の人たちは聖書の意味を文字通りにとらないで比喩的にとっていく]
しかし聖書は文字通りに受け取らなければいけないと主張する人たちも
まだ成就していないイスラエルに対する契約が
今日どうなっているのかについては非常に曖昧
[おそらく皆さんもイスラエルと契約の関係が今日どうなっているかという話はほとんど聞いたことがないと思う]
私は契約が結ばれた時にすべての条項が
その時に成就するわけではないと既に言った
今日でも無条件契約の条項はイスラエルのものだが預言的将来に成就するものもあるわけだから
まだ成就していなくても論理的矛盾ではない
教会が
ユダヤ人に代わって無条件契約の継承者になったと教える土台は何にも無い
1.アブラハム契約
The Abrahamic Covenant
1番目のアブラハム契約を見てみよう
アブラハム契約には契約条項がたくさんあるが、その中でも重要なのが子孫、土地、祝福の約束である。
アブラハム契約の中の「子孫 」the seed
の部分だが
ユダヤ人は離散の地で2千年間生活したが
ユダヤ人であるという民族性を失うことはなかった
イスラエルは今でも離散した国民だが
それにも関わらず一つの民族
イスラエル人以外で自分たちの国 their territory をなくした民族は全部消えてしまった
ユダヤ人は土地を追われて以降も
生き延びることができた
他の民族は、イスラエルとは違い、他民族と雑婚するうちに人種のるつぼの中に消えていった。
あのイスラエルの土地を見ていると
ユダヤ人たちが離散して以降
あそこを支配した独立国家というのは一つもない
1948年にイスラエルが国を作るまでは
誰もあそこを首都に国を作った人はいない
その土地が独立国家にならなかったということは
絶えずどこか別のところに首都を持っている国が
遠くから遠隔操作であの地を支配していたということ
ローマ、ビザンチン、アラブ、トルコ、イギリス
ローマが紀元70年にエルサレムを滅ぼして以降
独立国家ができたのは1948年のイスラエルが初めて
アブラハム契約の霊的祝福の部分は
新しい契約を通して
異邦人の世界にそれが広がっているのが今の状態
あと(次回4.新しい契約)でまたこれは話す
割礼 the seal of circumcision に関しては
ユダヤ人はメシアニック・ジューであってもなくてもアブラハム契約のしるしとしての割礼は受ける
ガラテヤ書で割礼の話が議論になっているが
アブラハム契約に基づく割礼が規定されているのではない
あれはモーセ契約に基づく割礼によって
救いに至るかどうかという点が焦点になっている
パウロはユダヤ人が割礼を受けることを
否定はしていない
使徒行伝15章16章でそのことが書かれてある
使徒15章ではテトスが割礼を受ける時には
パウロは反対している
ところが16章に行くと
テモテには割礼を受けさせている
なぜかというとテトスは異邦人だから
割礼を受ける義務がない
ところがテモテは半分ユダヤ人だから
彼は契約から考えるとアブラハム契約の継承者と見なされるわけ
使 16:1 それから、彼はデルベに行き、次にルステラに行った。
そこにテモテという名の弟子がいた。
信者のユダヤ婦人を母とし、ギリシヤ人を父としており、
使徒行伝21:17~26ではパウロは
自分はユダヤ人の割礼に反対しているのではないという意味で誓約をしている
使 21:17 わたしたちがエルサレムに到着すると、兄弟たちは喜んで迎えてくれた。
21:18 翌日パウロはわたしたちを連れて、ヤコブを訪問しに行った。
そこに長老たちがみな集まっていた。
21:19 パウロは彼らにあいさつをした後、神が自分の働きをとおして、異邦人の間になさった事どもを一々説明した。
21:20 一同はこれを聞いて神をほめたたえ、そして彼に言った、
「兄弟よ、ご承知のように、ユダヤ人の中で信者になった者が、数万にものぼっているが、みんな律法に熱心な人たちである。
21:21 ところが、彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例にしたがうなと言って、モーセにそむくことを教えている、ということである。
21:22 どうしたらよいか。
あなたがここにきていることは、彼らもきっと聞き込むに違いない。
21:23 ついては、今わたしたちが言うとおりのことをしなさい。
わたしたちの中に、誓願を立てている者が四人いる。
21:24 この人たちを連れて行って、彼らと共にきよめを行い、また彼らの頭をそる費用を引き受けてやりなさい。
そうすれば、あなたについて、うわさされていることは、根も葉もないことで、あなたは律法を守って、正しい生活をしていることが、みんなにわかるであろう。
21:25 異邦人で信者になった人たちには、すでに手紙で、偶像に供えたものと、血と、絞め殺したものと、不品行とを、慎むようにとの決議が、わたしたちから知らせてある」。
21:26 そこでパウロは、その次の日に四人の者を連れて、彼らと共にきよめを受けてから宮にはいった。
そしてきよめの期間が終って、ひとりびとりのために供え物をささげる時を報告しておいた。
[だから今言ったようにアブラハム契約は今も生きているということ]
ユダヤ人信者は今もアブラハム契約の物理的、霊的条項の影響下にあるので、アブラハム契約のしるし、証印としての割礼の規定にも従わなくてはならない。ディスペンセーショナリストは、この点で一貫性に欠ける。アブラハム契約の継続性を主張しつつも、割礼の継続性を否定するからである。それは、アブラハム契約の割礼とモーセ契約の割礼を混同しているからだ。
2.土地の契約(パレスチナ契約)
The Land Covenant
2番目は土地の契約を見てみよう
ユダヤ人が70年以降世界に離散したわけだが
多かれ少なかれ今もその状態は続いている
ユダヤ人はイスラエルの地にも住んでいるが
離散の地にもたくさん住んでいる
また離散の地で迫害に遭うだろうという預言があったがその迫害は今でも続いている
そして土地の所有権 ownership of the land というのは無条件だが
その土地に住んで祝福を受けるかどうかは
イスラエルの従順であるかどうかにかかっているという話をした
そのことは今も真理
イスラエルが所有権を持っているので
歴史を通してあの地にパレスチナ人 an independent Palestinian government も含めて誰一人としてまだ独立国家を作ったことがなかったということ
旧約聖書の時代のイスラエルの領土を見ていると
たくさんある 少なくなる たくさんある 少なくなる とこういう運動が繰り返される
今もイスラエルはイエスさま信じていないので
国としては同じ現象が起こっている
ヨシュアの時代に土地がたくさんあった
士師記の時代になるとちょっとになる
ダビデとソロモン時代 広がる
王国が分裂していくと土地が少なくなり
最後は捕囚に至る
今も同じ原則が見られる
1948年独立した時はちょっとだけだった
1967年[の第三次中東戦争で]たくさんきた
[最近(2006年時点)はガザ地区を返したりした]
今(2006年時点)のイスラエルの首相はもっと返そうという政策だからもっと小さくなるだろう
そしてⅢ.将来のイスラエルのところで見るが
もう一度ユダヤ人たちが周辺の地に散らされる時が来る[と聖書は預言している]
しかし領土が広がったり狭まったりは驚く必要はない
それは旧約を通して起こっている原則で
イスラエルがイエスを信じる民となるまでは
多かれ少なかれこの状況が繰り返される
そうなるまではあの地では混乱が継続して起こる
さっき言った置換神学の立場に立つ人は
ヨシュア記11:23をとり
もう土地の約束は全部成就してもう終わったと言う人がいる
確かにヨシュア記11:23では
神さまがイスラエルに約束した土地が全部征服されたように書いている
ヨシ 11:23 こうしてヨシュアはその地を、ことごとく取った。
すべて主がモーセに告げられたとおりである。
そしてヨシュアはイスラエルの部族にそれぞれの分を与えて、嗣業とさせた。
こうしてその地に戦争はやんだ。
しかし文脈の中で聖句を読むというのは非常に重要
その聖句の文脈を私たちは忘れてはならない
文脈から見るとヨシュアはその後
12章で殺した王さまのリストが全部出てくる
ヨシュア11:23の後すぐに12章が来て、イスラエルに殺されたカナン人の王が列挙されている。
次の13:1~6でヨシュアの時代に
征服できなかった土地のリストが出てくる
ヨシ 13:1 さてヨシュアは年が進んで老いたが、主は彼に言われた、
「あなたは年が進んで老いたが、取るべき地は、なお多く残っている。
13:2 その残っている地は、次のとおりである。
ペリシテびとの全地域、ゲシュルびとの全土、
13:3 エジプトの東のシホルから北にのびて、カナンびとに属するといわれるエクロンの境までの地、ペリシテびとの五人の君たちの地、すなわち、ガザ、アシドド、アシケロン、ガテ、およびエクロン。
13:4 南のアビびとの地、カナンびとの全地、シドンびとに属するメアラからアモリびとの境にあるアペクまでの部分。
13:5 またヘルモン山のふもとのバアルガデからハマテの入口に至るゲバルびとの地、およびレバノンの東の全土。
13:6 レバノンからミスレポテ・マイムまでの山地のすべての民、すなわちシドンびとの全土。
わたしはみずから彼らをイスラエルの人々の前から追い払うであろう。
わたしが命じたように、あなたはその地をイスラエルに分け与えて、嗣業とさせなければならない。
約束の地の半分以上が未征服のままで残る
それから士師記3:21(3;21は言い間違いではと思います。士2章で未征服の理由が説明されています。聖句箇所としては2:21をここにあげてみました。)
士 2:21 わたしもまたヨシュアが死んだときに残しておいた国民を、この後、彼らの前から追い払わないであろう。
ここではヨシュアが追い出さなかった国や民があるということが書かれてある
では士師記の記述はヨシュア記と矛盾するのだろうか
士師記???(2章)はヨシュア記11:23の記述には例外がたくさんあったという補足説明をしている
またヨシュア記15:63では
エルサレムは征服されなかったと書かれている
ヨシ 15:63 しかし、ユダの人々は、エルサレムの住民エブスびとを追い払うことができなかった。
それでエブスびとは今日まで、ユダの人々と共にエルサレムに住んでいる。
ダビデの時代になるまで
エルサレムは征服されないままだった
それが第2サムエル5章に出てくる
サム下 5:6 王とその従者たちとはエルサレムへ行って、その地の住民エブスびとを攻めた。
エブスびとはダビデに言った、
「あなたはけっして、ここに攻め入ることはできない。
かえって、めしいや足なえでも、あなたを追い払うであろう」。
彼らが「ダビデはここに攻め入ることはできない」と思ったからである。
5:7 ところがダビデはシオンの要害を取った。
これがダビデの町である。
5:8 その日ダビデは、
「だれでもエブスびとを撃とうとする人は、水をくみ上げる縦穴を上って行って、ダビデが心に憎んでいる足なえやめしいを撃て」
と言った。
それゆえに人々は、「めしいや足なえは、宮にはいってはならない」と言いならわしている。
5:9 ダビデはその要害に住んで、これをダビデの町と名づけた。
またダビデはミロから内の周囲に城壁を築いた。
またヨシュア16:10
ヨシ 16:10 ただし、ゲゼルに住むカナンびとを、追い払わなかったので、カナンびとは今日までエフライムの中に住み、奴隷となって追い使われている。
カナン人は苦役に服する奴隷となった。
ゲゼルという町が未征服のままで残ったとされる
それはソロモン王が出てから初めてイスラエルの征服された地となる
第1列王9:16
列王上 9:16 (エジプトの王パロはかつて上ってきて、ゲゼルを取り、火でこれを焼き、その町に住んでいたカナンびとを殺し、これをソロモンの妻である自分の娘に与えて婚姻の贈り物としたので、
士師記1章には各部族が未征服のまま残した土地がどんどんリストアップされている
士師記の第1章は、ヨシュアが死んだ(1:1)後のことを記しており、諸部族が割り当て地を占領できなかった様子が記録されている。
士 1:1 ヨシュアが死んだ後、イスラエルの人々は主に問うて言った、
「わたしたちのうち、だれが先に攻め上って、カナンびとと戦いましょうか」。
どこかというと士師記1:19
士 1:19 主がユダと共におられたので、ユダはついに山地を手に入れたが、平地に住んでいた民は鉄の戦車をもっていたので、これを追い出すことができなかった。
それから21節
士 1:21 ベニヤミンの人々はエルサレムに住んでいたエブスびとを追い出さなかったので、エブスびとは今日までベニヤミンの人々と共にエルサレムに住んでいる。
27節
士 1:26 その人はヘテびとの地に行って町を建て、それをルズと名づけた。
これは今日までその名である。
29節
士 1:29 またエフライムはゲゼルに住んでいたカナンびとを追い出さなかったので、カナンびとはゲゼルにおいて彼らのうちに住んでいた。
30節
士 1:30 ゼブルンはキテロンの住民およびナハラルの住民を追い出さなかったので、カナンびとは彼らのうちに住んで強制労働に服した。
31~32
士 1:31 アセルはアッコの住民およびシドン、アヘラブ、アクジブ、ヘルバ、アピク、レホブの住民を追い出さなかったので、 1:32 アセルびとは、その地の住民であるカナンびとのうちに住んでいた。
彼らが追い出さなかったからである。
33節
士 1:33 ナフタリはベテシメシの住民およびベテアナテの住民を追い出さずに、その地の住民であるカナンびとのうちに住んでいた。
しかしベテシメシとベテアナテの住民は、ついに彼らの強制労働に服した。
34~36
士 1:34 アモリびとはダンの人々を山地に追い込んで平地に下ることを許さなかった。
1:35 アモリびとは引き続いてハルヘレス、アヤロン、シャラビムに住んでいたが、ヨセフの一族の手が強くなったので、彼らは強制労働に服した。
1:36 アモリびとの境はアクラビムの坂からセラを経て上の方に及んだ。
これらのところが未征服のままで残されている
12部族の中でダン部族というのがいるが
彼らはあのペリシテ人たちの地に領地を得た
征服できないのでもうそこは放っておいて北の方に移住しダン部族の土地を得る
見てきたようにヨシュア記の時代に土地の約束が全部成就したわけではない
置換神学の人たちはこれはダビデ・ソロモンの時代に成就したんだと言うようになる
列王上 4:21 ソロモンはユフラテ川からペリシテびとの地と、エジプトの境に至るまでの諸国を治めたので、皆みつぎ物を携えてきて、ソロモンの一生のあいだ仕えた。
確かにダビデとソロモンは多くの地を占領し征服した民族から税金を取り立てることはしたがそれだけで土地の約束が成就したとは言えない
この約束が成就するためにはそれらの地にユダヤ人たちが定住したということが必要なのだが
その定住という事実はダビデとソロモンの時代には起こっていない
だから今言っていることはイスラエルに与えられた土地の契約は今もいきているということ
[つまりアブラハム契約が今も有効であるように土地の契約も今も有効だということ]
3.ダビデ契約
The Davidic Covenant
3番目のダビデ契約[は今も有効かどうかを見てみよう]
イエスはダビデの子孫として来られて今は父なる神の右に座している
これが詩篇110:1の成就
詩 110:1 主はわが主に言われる、
「わたしがあなたのもろもろの敵を
あなたの足台とするまで、わたしの右に座せよ」と。
イエスさまは2つの称号を持っているがダビデ契約と関係のある称号
1つは「ダビデの子」“Son of David“ という言葉でマタイ1:1
マタ 1:1 アブラハムの子であるダビデの子、イエス・キリストの系図。
ルカ1:32
ルカ 1:32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。
そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、
Luk 1:32 He shall be great,, and shall be called the Son of the Most High: and the Lord God shall give unto hiim the throne of his father David:
もう一つは「ダビデの根」“Root of David“ という言葉でこれは黙示録5:5
黙 5:5 すると、長老のひとりがわたしに言った、
「泣くな。
見よ、ユダ族のしし、ダビデの若枝 the Root of David であるかたが、勝利を得たので、その巻物を開き七つの封印を解くことができる」。
ダビデの根/新改訳2017
だからダビデ契約の或る条項はすでに成就している[イエスにおいて]
しかし他の条項でまだ成就していないものがたくさんある
で置換神学 replacement theology [ あるいは契約神学]に立つ人たちは黙示録3:21を引用して
イエスは父なる神の王座 the throne of God the Father に座しているからダビデ契約に書かれている王座の約束はすでに成就していると言う
黙 3:21 勝利を得る者には、わたしと共にわたしの座につかせよう。
それはちょうど、わたしが勝利を得てわたしの父と共にその御座についたのと同様である。
Rev 3:21 He that overcomes, I will give to him to sit down with me in my throne, as I also overcame, and sat down with my Father in his throne.
しかしダビデ契約の約束はダビデの王座 the throne of David につくということだから
父なる神の王座the throne of the Fatherにつくということではない
それが書かれているのが歴代誌第1の17:12~15
歴代上 17:12 彼はわたしのために家 a house を建てるであろう。
わたしは長く彼の位 his throne (その王座/新改訳3)を堅くする。
17:13 わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。
わたしは、わたしのいつくしみを、あなたのさきにあった者から取り去ったように、彼からは取り去らない。
17:14 かえって、わたしは彼を長くわたしの家 my house に、わたしの王国 my kingdom にすえおく。
彼の位 his throne (彼の王座/新改訳3) はとこしえに堅く立つであろう』」。
17:15 ナタンはすべてこれらの言葉のように、またすべてこの幻のようにダビデに語った。
ルカ1:32
ルカ 1:32 彼は大いなる者となり、いと高き者の子と、となえられるでしょう。
そして、主なる神は彼に父ダビデの王座をお与えになり、
Luk 1:32 He shall be great, and shall be called the Son of the Most High: and the Lord God shall give unto him the throne of his father David:
ダビデの王座と父なる神の王座と同じであるはずがない
ダビデは父なる神の王座に座ったことがないのだから これは別の物
ダビデ契約から言うとイエスがエルサレムに帰ってきてそこでダビデが座していた王座に座して全世界を支配する時が来なければおかしいわけ
[だからこの契約もまだ生きているということ]
イエスさまがエルサレムで王座について12部族 Israel を支配するようになるまではダビデ契約は全部成就したとは言えない
イスラエル学(15)2026年10/17へ
Ⅱ.現在のイスラエル
C.無条件契約
4.新しい契約
このセミナーの内容はこの本の一部とかぶります。
ゼヒお読みください。
アーノルド・フルクテンバウム博士著
中川健一監訳/佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY』
(書籍)(電子書籍)
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部






