イスラエル学
レジュメ(12)2026年8/29
マタイ12章回帰不能点
「赦されない罪」とは今の私たち個人が犯せる罪ではない
2006年フルクテンバウム博士セミナー
講師:Dr. Arnold Fruchtenbaum
通訳:中川健一牧師
『イスラエル学』
THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY
(テキスト)
ご購入はこちらから(CD)(テキスト)(電子書籍)
フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。
以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
(セミナーでは新改訳3を使用しているので説明文では新改訳3)
(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
「新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j
「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version ASV)
茶色の文章はアーノルド・フルクテンバウム博士著 中川健一監訳 佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY』
(書籍)(電子書籍) 64~71頁からの補足説明です
興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。
紙の聖書「新改訳2017」はこちらをどうぞ
イスラエル学
Ⅰ.過去のイスラエル
A. イスラエルの選び
B.無条件契約
C.モーセ契約とモーセの律法
D.レムナント
Ⅱ.現在のイスラエル
A.神の国のプログラム
1.普遍的な王国か永遠の王国
2.霊的な王国
3.神政政治の王国
4.メシア的王国か千年王国か
5.奥義としての王国
B.イエスのメシア性の拒否と、その結果と成り行き
1.マタイ12:22~45
Ⅱ.現在のイスラエル
Israel Present
前回のまとめ
A.神の国のプログラム
The Kingdom of God Program
5.奥義としての王国
The Mystery Kingdom
マタイの福音書にでてきた
「奥義としての王国」についてのたとえ話
①この時代に
福音宣教の種がずっと蒔き続けられる
②そして
まかれた種は自然に成長する力を宿している
③けれども間違った種も蒔かれる
③の結果が④と⑤
④この王国は巨大な木のように成長する
⑤それは誤った教理が特徴となる王国
①と②の結果が⑥と⑦
⑥神さまはイスラエルの残れる者を手に入れる
⑦異邦人からも信じる者が起こされる
⑧この王国の最後に行われる異邦人の裁きにより
メシア的王国に入る者と入らない者とが区別される
⑨それまであった4つの神の王国と
似た性質もあるが全く新しい性質もその中にある
特徴
時間の制限がある
ユダヤ人 イスラエルがイエスを拒否して以降
再びイエスを受け入れるようになるまでの期間の王国
この地上で起こることだけを指している
未信者も含んでいる
ユダヤ人も異邦人も対象にした概念
預言されていないものを言っている
今イエスさまは父なる神の右の座に座している
教会よりも広い
教会はその中に含まれている概念
セミナーテキスト6ページ(7/22)
B.イエスのメシア性の拒否と、
その結果と成り行き
The Rejection of the Messiahship of Jesus and its Results and Consequences
前回は現在のイスラエルを理解するための
背景の話をした
今から
イスラエルがイエスのメシア性を拒否した結果
どういうことが起こったのかということを学ぶ
「奥義としての王国」 the mystery kingdom は
イスラエルがイエスを拒否したから来たと言った
バプテスマのヨハネとイエスさまと
最初に語ったメッセージは同じ
「神の国は近づいた。悔い改めて福音を信ぜよ。」
マタ 3:1 そのころ、バプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教を宣べて言った、
3:2 「悔い改めよ、天国は近づいた」。
Mat 3:1 And in those days comes John the Baptist preaching in the wilderness of Judea, saying, 3:2 Repent you; for the kingdom of heaven is at hand.
マタ 4:17 この時からイエスは教を宣べはじめて言われた、
「悔い改めよ、天国は近づいた」。
Mat 4:17 From that time began Jesus to preach, and to say, Repent you; for the kingdom of heaven is at hand.
天国/口語訳
天の国/新共同訳
天の御国/新改訳3、新改訳2017
ところがあの箇所をよく読んでみると
バプテスマのヨハネもイエスさまも
神の国が何かということを全然説明していない
説明していないということは
神の国と言ったら
その時代のユダヤ人たちはそれが何を
意味しているかすぐに理解したということ
5つの王国を学んだ
1.普遍的な王国か永遠の王国
2.霊的な王国
3.神政政治の王国
4.メシア的王国か千年王国
5.奥義としての王国
ユダヤ人たちは「神の国」と聞いた時に
そのうちのたった1つしかイメージしていない
旧約聖書で将来訪れる神の国
4.メシア的王国 the Messianic Kingdom
千年王国
これは旧約聖書の預言者たちが
神政政治の王国が崩壊していく中で
将来の希望として語ったので
[バプテスマのヨハネとイエスさまがあらわれた時にいよいよその時が来たと]ユダヤ人たちは理解した
もしこれがメシア的王国でないなら
ヨハネとイエスさまは
もっと詳しく人々に説明したはずだが
何もしていないということは
旧約で預言していた王国が来た 神の国が来た
つまり「メシア的王国」
それが取り去られて
「奥義としての王国」が来た時に
それを説明するために
たくさんたとえ話を語っている[それまでは説明はいらないわけ]
またそれは「霊的な王国」the spiritual kingdom
ではありえない
「霊的な王国」はイエスさまがでる前から
旧約聖書の時代から
信じている者の心の中に存在している概念だから
詩篇37:31に「霊的な王国」が書かれてある
詩 37:31 その心には神のおきてがあり、その歩みはすべることがない。
Psa 37:31 The law of his God is in his heart; None of his steps shall slide.
だからユダヤ人たちは
「メシア的王国」が近づいている
という理解を持ったことは正解
しかし彼らが誤解していた点もある
その誤解とは
当時一般的に教えられていたのは
ユダヤ人である限り[つまり肉体的にアブラハム イサク ヤコブの子孫であれば]
自動的に「メシア的王国」ができた時に
そこに入ることができると考えていた
けれどもバプテスマのヨハネとイエスさまは
そうではなく[そういう自動的に入るのではなくて]
悔い改めなければ
「メシア的王国」に入ることができない
というメッセージを持ってこられた
イエスのことを
約束されていたメシアであると
ユダヤ人が信じて初めて「メシア的王国」が成就する
1.マタイ12:22-45
Matthew 12:22-45
マタイ12:22~45
ここで今何が起こったか見る
このマタイの福音書12章に至るまで
もっと具体的には4章~12章の間に
イエスさまはイスラエルの町々村々会堂を
訪問して神の国の訪れのメッセージをしている
4章から宣教を開始する。
またメシア的王国をイスラエルに提供し
それを証明するものとして
様々な奇跡やしるしを行っている
イエスさまの初期の伝道
特にマタイ4章~12章で行われている様々な奇跡やしるしは
イスラエルがイエスをメシアとして信じるためのしるしとして与えられたもの
その奇跡は①イエス ご自分がメシアであること
②イエスが語っている神の国のメッセージを信じさせるものだった
①イエス:
イスラエルのメシアであるということ
②イエスが語っている神の国のメッセージ:
旧約の預言者たちが語ったのと同じものであること
4章から12章までの奇跡は、イスラエル民族がイエスという方についての結論を出すためのしるしとなるものだった。
ところがマタイの福音書12:22~24に行くとイエスのメシア性が拒否されている
22節
マタ 12:22 そのとき、人々が悪霊につかれた盲人で口のきけない人を連れてきたので、イエスは彼をいやして、物を言い、また目が見えるようにされた。
ものを言えない霊にとりつかれた人がいやされている
ユダヤ人のラビたちも悪霊払いはできたが
彼らの方法ではものを言わない霊というのは
追い出すことができなかった
ところがイエスさまは
ラビたちができなかったことをやった
ものを言えない霊を追い出した
23節
マタ 12:23 すると群衆はみな驚いて言った、
「この人が、あるいはダビデの子ではあるまいか」。
人々は「この人はメシアなのだろうか?」と聞く
そこ で人々は
これを霊的リーダーパリサイ人たちに聞き
パリサイ人たちはそれに答えなければいけないわけだが
パリサイ人にとって2つの答えしかない
第1番目「そうだよ、イエスはメシアだよ」と
答える方法
2番目「メシアなんかじゃないよ」と
否定する方法
この2つしかない
もしイエスはメシアでないと言ったとする
それまでパリサイ人たちは
「ものを言えない霊はメシアでなければ追い出せない」と言っていた
で追い出したわけだが
それでメシアでないと言ったら
なぜメシアでない人がそれができるか
という説明をしなければいけない
そこで24節
マタ 12:24 しかし、パリサイ人たちは、これを聞いて言った、
「この人が悪霊を追い出しているのは、まったく悪霊のかしらベルゼブルによるのだ」。
彼らパリサイ人たちは「これはメシアではない」
しかし彼イエスがこの奇跡をできた理由は
悪霊しかも並の悪霊ではなく悪霊のかしらベルゼブル Beelzebub the prince of the demons に憑かれているからこれができたんだという理由をつけた
もちろんこれは口実だが但し
パリサイ人たちのこの言葉が
イエスを公式に拒否した
イスラエルの民の公式の決定の言葉になる
しかし本当にパリサイ人たちが否定した理由は
イエスがパリサイ人たちの教えの権威を否定していたから
これはマタイ5章~7章(山上の垂訓)
イエスさまが行われた内容は
パリサイ人たちがこのように律法を守るべきだと考えていた枠組みには合わなかった
パリサイ人が描くメシア像とイエスの言動が一致しなかったからである。
それがルカの福音書7:30~35
ルカ 7:30 しかし、パリサイ人と律法学者たちとは彼からバプテスマを受けないで、自分たちに対する神のみこころを無にした。)
7:31 だから今の時代の人々を何に比べようか。
彼らは何に似ているか。
7:32 それは子供たちが広場にすわって、互に呼びかけ、
『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。
弔いの歌を歌ったのに、泣いてくれなかった』
と言うのに似ている。
7:33 なぜなら、バプテスマのヨハネがきて、パンを食べることも、ぶどう酒を飲むこともしないと、あなたがたは、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、7:34 また人の子がきて食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。
7:35 しかし、知恵の正しいことは、そのすべての子が証明する」。
25~29節
マタ 12:25 イエスは彼らの思いを見抜いて言われた、
「おおよそ、内部で分れ争う国は自滅し、内わで分れ争う町や家は立ち行かない。
12:26 もしサタンがサタンを追い出すならば、それは内わで分れ争うことになる。
それでは、その国はどうして立ち行けよう。
12:27 もしわたしがベルゼブルによって悪霊を追い出すとすれば、あなたがたの仲間はだれによって追い出すのであろうか。
だから、彼らがあなたがたをさばく者となるであろう。
12:28 しかし、わたしが神の霊によって悪霊を追い出しているのなら、神の国はすでにあなたがたのところにきたのである。
12:29 まただれでも、まず強い人を縛りあげなければ、どうして、その人の家に押し入って家財を奪い取ることができようか。
縛ってから、はじめてその家を掠奪することができる。
イエスさまがそれに反論する
「もし本当にそのようなことがあったとしたら、サタンの王国は分裂して立ち行かなくなるじゃないか」というのがイエスさまのお答え
30~37節
マタ 12:30 わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。
12:31 だから、あなたがたに言っておく。
人には、その犯すすべての罪も神を汚す言葉も、ゆるされる。
しかし、聖霊を汚す言葉は、ゆるされることはない。
12:32 また人の子に対して言い逆らう者は、ゆるされるであろう。
しかし、聖霊に対して言い逆らう者は、この世でも、きたるべき世でも、ゆるされることはない。
12:33 木が良ければ、その実も良いとし、木が悪ければ、その実も悪いとせよ。
木はその実でわかるからである。
12:34 まむしの子らよ。
あなたがたは悪い者であるのに、どうして良いことを語ることができようか。
おおよそ、心からあふれることを、口が語るものである。
12:35 善人はよい倉から良い物を取り出し、悪人は悪い倉から悪い物を取り出す。
12:36 あなたがたに言うが、審判の日には、人はその語る無益な言葉に対して、言い開きをしなければならないであろう。
12:37 あなたは、自分の言葉によって正しいとされ、また自分の言葉によって罪ありとされるからである」。
その後イエスさまは罪に対する裁きを宣言する
そのメシアを拒否した罪のことを
「赦されない罪」という呼び方で呼ぶ
the unpardonable sin or the blasphemy of the Holy Spirit.
この赦されない罪というのは
聖書では一回しか出てこない
だから私たちはしっかりとその意味を
定義しておかなければならない
赦されない罪の定義は
「イエスさまの地上生涯
このお方は悪霊に憑かれている
という理由で
イエスがメシアであることを拒否した
その時代のイスラエルの民族的罪」
もう少しこの定義を分かりやすくするために
4つのことを確認しよう
第1番目
この罪は民族的罪 a national sin であり
個人的罪ではない
その時代に個人個人としては悔い改めて
イエスさまを信じ裁きを免れた人がたくさんいるのでこれは個人的な罪ではない
またこの罪は
今日生活してる私たちが犯せる罪でもない
聖書ははっきりとこの点言っている
イエスさま十字架で亡くなった時に
イエスを信じる人ならどんな罪を犯していても
赦されるというのが福音
赦されない罪と赦される罪と分けて
イエスさまは死んだわけではない
だからこれは個人的罪ではなくて
民族的罪だということ
第2番目
この罪はイエスと同時代のユダヤ人 the Jewish generation of Jesus’ day にのみ限定された罪であり
後の教会史の時代に教会が様々な説をたてるが
それは全部間違っている
この時代以降のユダヤ人には犯せない罪
イエスさまはこの世代のイスラエルのもとに来て
神の国を提供したのだが
彼らが
イエスのメシア性を悪霊つきだという理由で否定した
だから
その時代のユダヤ人のみが犯すことができた罪
だからマタイの福音書12章以降読むと
繰り返し出てくる言葉がある
「この時代は」「この時代は」と
イエスさまは繰り返し言われている
第3番目
この罪は民族的罪だが
イスラエル以外には犯しようのない罪
イエスはイスラエル民族以外の前に現れて
「私があなたがたのメシアだよ」と
言われたことはない
イスラエルだけが契約の民であり
イエスはその契約の民とのみ特別な関係にあった
だから
イスラエル以外の国民がこの罪を犯せるはずがない
第4番目
第4の明確にしたい点はこれ
この時代の者たちによって
この罪が犯されたということ
それは次の2つのことを意味する
①
神の国が提供されていたが
それが今「撤回された」ということ
その時代にメシア的王国が確立されることがなくなったということ
②
そしてそのイエスを拒否した結果
紀元70年に彼らは肉体的・物理的な意味での裁きを受けるようになる
それがエルサレムと神殿の崩壊
つまり[マタイ12章で]イスラエルの民はもう
回帰不能点 the point of no return を
乗り越えてしまった
だからそれ以降いくら民族的に悔い改めをしても
裁きの決定がくだされているので
それが撤回されることはなくなった
これ以降も
個人的には多くのユダヤ人がイエスさまを信じている
しかし何人信じても
これはもう回帰不能点の向こうに一歩行ったわけだから
エルサレムの崩壊という裁きはもう免れない状態になった
38~40節
マタ 12:38 そのとき、律法学者、パリサイ人のうちのある人々がイエスにむかって言った、
「先生、わたしたちはあなたから、しるしを見せていただきとうございます」。
12:39 すると、彼らに答えて言われた、
「邪悪で不義な時代は、しるしを求める。
しかし、預言者ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう。
12:40 すなわち、ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるであろう。
イエスさまはこれ以降
奇跡に関して全く新しい方策を導入している
これ以降イスラエルの民には
たった一つのしるししか与えられない
それは「ヨナのしるし」 the sign of Jonah と言う
このヨナのしるしは何かというと復活のこと
それに至るまでの
イエスさまの奇跡やしるしは
イスラエルの民に信仰を与えるためだったが彼らはメシアを否定した
それ以降のイエスさまが行う奇跡は
12弟子を訓練するための奇跡になっていく
イスラエル人が信じるようにではなく
使徒行伝の時代になった時に
神の働きができるように
弟子たちを訓練するための奇跡に移り変わっていく
マタイの福音書12章以降(マタイ16:1~4)
ユダヤ人たちがやってきてしるしを求めるが
イエスさまはそれには答えないで
いつも同じ答えを返す
マタ 16:1 パリサイ人とサドカイ人とが近寄ってきて、イエスを試み、天からのしるしを見せてもらいたいと言った。
16:2 イエスは彼らに言われた、
「あなたがたは夕方になると、
『空がまっかだから、晴だ』
と言い、16:3 また明け方には
『空が曇ってまっかだから、きょうは荒れだ』
と言う。
あなたがたは空の模様を見分けることを知りながら、時のしるしを見分けることができないのか。
16:4 邪悪で不義な時代は、しるしを求める。
しかし、ヨナのしるしのほかには、なんのしるしも与えられないであろう」。
そして、イエスは彼らをあとに残して立ち去られた。
「ヨナのしるし」つまり復活のしるし以外はもう
この民族にはしるしは与えられないという答え
このヨナのしるしというのは
イスラエルに実はこれから3回訪れる
①
ラザロの復活 The resurrection of Lazarus
②
イエスの復活 The resurrection of Jesus
③
黙示録11章
二人の証人の復活 the resurrection of the two witnesses
41~45節
イエスさまは
その世代の者に対するさばきのメッセージを
続けて語っている
このところのメッセージから「この時代の者」「この時代」「この時代(世代)」という言葉が繰り返し使われるようになる
41~42節
マタ 12:41 ニネベの人々が、今の時代の人々 this generation と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。
なぜなら、ニネベの人々はヨナの宣教によって悔い改めたからである。
しかし見よ、ヨナにまさる者がここにいる。
12:42 南の女王が、今の時代の人々 this generation と共にさばきの場に立って、彼らを罪に定めるであろう。
なぜなら、彼女はソロモンの知恵を聞くために地の果から、はるばるきたからである。
しかし見よ、ソロモンにまさる者がここにいる。
彼らはより大きな光を与えられたのに
イエスを拒否したということで
異邦人たち the believing Gentiles が
白い御座のさばき the Great White Throne Judgment において彼らを糾弾するようになる
43~45節
マタ12:43 汚れた霊が人から出ると、休み場を求めて水の無い所を歩きまわるが、見つからない。
12:44 そこで、出てきた元の家に帰ろうと言って帰って見ると、その家はあいていて、そうじがしてある上、飾りつけがしてあった。
12:45 そこでまた出て行って、自分以上に悪い他の七つの霊を一緒に引き連れてきて中にはいり、そこに住み込む。
そうすると、その人ののちの状態は初めよりももっと悪くなるのである。
よこしまな今の時代 this evil generation も、このようになるであろう」。
この時代の者たちの最後の状態は
最初よりもより悪くなると言っている
最初の状態 初め:ローマの支配下にあって
ローマに税金を払う状態
しかしまだ約束の地に住むことは許されていた
最後の状態 のちの状態:[紀元70年](これらの言葉の40年後)に神殿とエルサレムが滅び
ユダヤ人たちが全世界に離散していく
[これが最初の状態より最後の状態の方がより悪くなる
という意味]
イスラエル学(13)2026年9/12へ
Ⅱ.現在のイスラエル
B.イスラエルのメシア性の拒否と、その結果と成り行き
2.ヨハネ11:1-57 3.ルカ19:41ー44 4.マタイ23:1-36
このセミナーの内容はこの本の一部とかぶります。
ゼヒお読みください。
アーノルド・フルクテンバウム博士著
中川健一監訳/佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY』
(書籍)(電子書籍)
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部






