【ナオミ会トピック】(26.02.12)

2026.02.12

カテゴリー:お知らせ

本日、第20回ナオミ会を開催しました。参加者は6名(事務局1名を含む)でした。

【テーマ】神の変わらぬ愛

神の御前に出られる祝福

【聖句】 イザヤ書408

「草は枯れ、花はしぼむが、わたしたちの神の言葉はとこしえに立つ」

  • 私は、神を知らない時代が54年間ありましたが、日々のデボーションやハーベストとの出会いを通して、旧約聖書で神の愛の深さを知り、そのことが私の血や肉となり支えられている。私がどんな間違いや罪を犯しても、変わらぬ愛をもって抱いておられる。今日も、詩編5117節「神へのいけにえは砕かれた霊。打たれ砕かれた心。神よあなたはそれを蔑まれません。」、そして第一ヨハネ119節で、どのようなものであって、悔い改めて神に近づけば、神は温かく迎えてくださるということを教えられています。皆様からは、神様から頂いている愛がどれほどのものなのかを伺い、お互いが励まし合える時間になればと思っています。
  • 塾にあるこの1つの小さなフォファは、普段は生徒さんたちが、お帰りの準備やその他の必要があるときに利用しています。大きな人が二人掛けられるこのソファは、小さな私が寝るのに丁度いいサイズなんです。実は私はここで一年も寝ています。その理由は、いろいろ考えたいこともあり、塾が終わると夜が更ってしまうので、ここにゴロっと寝っ転がるんです。そうすると星が見え、それがあまりにも綺麗なので、ポロポロ泣けてきて、神様を一番感じるんです。それで少しゆっくりしようと思うと、そのまま寝てしまいます。神を感じるっていうのは無限の安らぎで、本当に幸せです。
  • 最近、私の集っている教会で、一カ月に1回伝道するためにミニチャーチという働きがあり、集っているクリスチャンの兄弟姉妹の未信者のご両親をお招きして、簡単な御ことばと賛美をして、その後お交わりをしています。昨日はお招きではなく、93歳のお母様のご自宅をお尋ねしました。その方は女学校時代、宗教の時間に少し勉強されたようで、神様を信じたような話がありました。私の両親や主人の両親は救われ天に帰っていきましたが、今は、教会関係の兄弟姉妹のご家庭のご両親やお年寄りをお招きし、賛美したり祈ったりしてお交わりをするのが私たちの喜びになっています。
  • 今回は「慰めよ、慰めよ」と、捕囚の終わりを告げる宣言で始まるイザヤ40章を読み、強い神の主権と意思を持って、神が「イスラエルの罪を赦す」と言われた。ここに感動しました。それを伝えるために7で、「叫べ」と言う者の声がする。「何と叫びましょうか」と言っています。この叫ぶという表現が、新訳時代になると「荒野に叫ぶ者の声」というバフテスマのヨハネであり、「とこしえに立つ私たちの神の言葉」が、メシア預言になっているとも受け取れ、イザヤの預言が、バビロン捕囚からの回復の約束と同時に、私たちの罪の代価を支払ってくださった、神様の壮大なご計画にも思いを馳せました。
  • ナオミ会の理念で「愛の人」と掲げられていて、この言葉はクリスチャンとして避けられない。しかし私自身には愛がないという葛藤がある。今日のテーマに「神の御前に出られる祝福」とありますが、神は天地万物を創造し、今も運行の全てを司っておられる。マクロの世界もミクロの世界も創造の御わざがあると思うときに、全能者の前に一粒の人間としてうずくまる思いがします。そのような方に呼ばれ、自分ではその招きに応じられないけれども、応じさせられるように備えられている。このことは、十字架で御子が血を流されない限り実現しなかった。その方の御前で自分の祈りを伝えることが出き、正しく執成してくださる。このような恵みは、イエス様を受け入れた人だけに与えられる祝福であると感動があります。日々、潰れそうなほどの重荷がありますが、この方に寄り頼み、この方とのお交わりさえあれば、どうでもいいわという気持ちやしっかりせよという気持ちになる。これがクリスチャンの醍醐味であり、幸いだなと感じます。

次回のナオミ会は、49日(木)14:0015:30です。

ナオミ会

幹事:山﨑 眞由美

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