練馬桜台聖書フォーラム

33の事項:位置的真理 レジュメ(3)2024年 3/30

2024.04.05

カテゴリー:33の位置的真理, お知らせ, 学び

33の事項:位置的真理についての学びレジュメ(3)2024年3/30

 

神さまはイエスさまによってもはや信者に対しては怒っていない
義であるキリストのうちにある私たちも義とみてくださる

 

 

 2011年フルクテンバウム博士セミナー
聖書が教える救いとは』の後半
33の事項:位置的真理についての学び
THIRTY-THREE THINGS:
A STUDY OF POSITIONAL TRUTH

(テキスト) を学んでいます。


ご購入はこちらから(MP3版)

 

レジュメもくじ

前回のレジュメ

 

 

フルクテンバウム博士のメッセージを中川健一牧師がわかり易く通訳してくださったセミナーの内容を基に作成しています。

以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句です(セミナーでは新改訳3を使用しています)。
(ここでは原則、口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会 を使用しています)
「新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会 

「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です。
紫色の聖句参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version  ASVです。)
黒色の文章がセミナーの説明文

緑色の文章はHP編者による補足説明
茶色の文章Dr.Arnold G. Fruchtenbaum 『A Messianic Bible Study from Ariel Ministries』
MBS110 THIRTY-THREE THINGS:  A STUDY OF POSITIONAL TRUTH からの補足説明です。

興味のあるところはリンク先もご覧になってみてください。

 

紙の聖書「新改訳2017」こちらをどうぞ

 

初めに
Ⅰ.贖い(REDEMPTION)
Ⅱ.和解 (RECONCILIATION)
Ⅲ.なだめ (PROPITIATION)
Ⅳ.赦し(FORGIVENESS)
Ⅴ.義認(JUSTIFICATION)
Ⅵ.栄化(GLORIFICATION)


 

 

セミナーテキスト5ページ(34/48)

Ⅲ.なだめ
(新改訳2017では「宥め」)

PROPITIATION

なだめは信仰者の第3の位置

 

セミナー前半「救いの10の側面」の
なだめの結果に付加する

 

 

(1)
メシアの十字架の死によって
神の怒りが静められた。

 

これがなだめの内容

 

 

 

(2)
神は信者に対しては
もはや怒っておられない

 

ローマ3:25
ロマ 3:25 神は、
キリスト・イエスを、
その血による、
また信仰による、
なだめの供え物として、
公にお示しになりました。
それは、
ご自身の義を現すためです。

というのは、
今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。
(新改訳3)

Rom 3:25 whom God set forth to be a propitiation, through faith, in his blood, to show his righteousness because of the passing over of the sins done aforetime, in the forbearance of God;
罪を償う供え物(新共同訳)

 

 

第一ヨハネ2:2
Ⅰヨハ 2:2 この方こそ、
私たちの罪のための
──私たちの罪だけでなく、
世全体のための──
なだめの供え物です。
(新改訳3)
1Jo 2:2 and he is the propitiation for our sins; and not for ours only, but also for the whole world.

 

 

第一ヨハネ4:10
Ⅰヨハ 4:10 私たちが神を愛したのではなく、
神が私たちを愛し、
私たちの罪のために、
なだめの供え物としての御子を遣わされました。
ここに愛があるのです。
(新改訳3)
1Jo 4:10 Herein is love, not that we loved God, but that he loved us and sent his Son to be the propitiation for our sins.
償ういけにえ(新共同訳)

なだめの供え物がささげられたのは
私たちに対する神の愛の証明

 

 

 

なぜ神が怒っていて
なだめが必要かという理由

ローマ1:18
ロマ 1:18 というのは、
不義をもって真理をはばんでいる人々のあらゆる不敬虔と不正に対して、
神の怒りが天から啓示されているからです。
(新改訳3)

Rom 1:18 For the wrath of God is revealed from heaven against all ungodliness and unrighteousness of men, who hinder the truth in unrighteousness;

メシアの死により
不敬虔と不正に対する神の怒りが静められた

その結果としての祝福あるいは特権を受け取るのは信じる者だけ

 

私たちは
旧約時代
(イエスさまの死以前)の聖徒たちとは異なる

ルカ18章
イエス様は
パリサイ人と取税人のたとえ話を語っている
神殿でのパリサイ人の祈り
神さま あなたは 私のようなパリサイ人があなたの味方にいるとはなんとラッキーな方か
取税人の祈り
ルカ18:13
ルカ 18:13 ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。
『神さま。
こんな罪人の私をあわれんでください。』
(新改訳3)
God, be thou merciful to me a sinner.(ASV)

このあわれんでくださいという be merciful
ギリシャ語では to be propitiated
神さま怒りをなだめてくださいという
祈りになっている

 

メシアが十字架上で死ぬ前の人々は
(律法の時代)
「神さまどうぞあなたの怒りをなだめてください。」
と祈らなければいけなかったが
メシアの死以降は(信者は)
この祈りをする必要がない
既に神の怒りがなだめられたから

 

だから信者が罪を犯した場合と
未信者が罪を犯した場合には違いがある
未信者へのさばき
裁きのためのさばきが行われる(怒りのさばき)
信者に関しての裁き:
神のもとに彼を取り返すためのさばき
教育的さばき、訓練)

神さまはメシアの死により
罪に対する自分の怒りを取り下げてくださった

 

 

 

 

 

 

Ⅳ.赦し

FORGIVENESS

信仰者の第4の位置は赦し

 

セミナー前半「救いの10の側面」で赦しを学んだ
ここでは赦しとは位置的真理の一つとして
どういう意味があるかをみる

 

 

(1)

私たち信者の罪は過去の罪、
現在の罪、
未来の罪、
全て赦されている。

 

イエスさまが亡くなった時に
私たちが犯した罪というのはどれ位あったのか?
ゼロ
まだ誕生してないから

イエスさまが亡くなった時には
私たちが犯す罪とはまだ未来のことだった
だから救いという意味に関しては
今私たちが犯しているどんな罪でも
メシアの死によって赦されない罪はない

エペソ1:7
エペ 1:7 わたしたちは、
御子にあって
神の豊かな恵みのゆえに、
その血によるあがない、
すなわち、
罪過のゆるしを受けたのである。

Eph  1:7 In whom we have our redemption through his blood, the forgiveness of our trespasses, according to the riches of his grace,

trespass :普通は「違反」と訳す
神が啓示された特定の命令に対する違反のこと

 

 

コロサイ書1:14
コロ 1:14 この御子のうちにあって
私たちは、
贖い、
すなわち罪の赦しを得ています。
(新改訳3)

Col 1:14 in whom we have our redemption, the forgiveness of our sins:

私たちの罪が赦されるベースとして
メシアの死がある
その結果私たちに新しい性質が与えられている

 

コロサイ2:13
コロ 2:13 あなたがたは、
先には罪の中にあり、
かつ肉の割礼がないままで死んでいた者であるが、
神は、
あなたがたをキリストと共に生かし、
わたしたちのいっさいの罪をゆるして下さった。

私たちがどのようにして赦され
新しく生まれる者になったかを教えている

 

これらの聖句が
赦されている結果
どういう状態になっているかを教えている

 

 

 

(2)
信者が救いを失うことは
あり得ない。

 

 

 

(3)

この真理の適用

 

コロサイ3:13
コロ 3:13 互に忍びあい、
もし互に責むべきことがあれば、
ゆるし合いなさい。

主もあなたがたをゆるして下さったのだから、
そのように、
あなたがたもゆるし合いなさい。

これだけ神さまから赦して頂いたのだから
主にある兄弟姉妹を赦そうではないかという
勧め
になっている

 

エペソ4:32
エペ 4:32 お互いに親切にし、
心の優しい人となり、
神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、
互いに赦し合いなさい。
(新改訳3)
Eph 4:32 and be ye kind one to another, tenderhearted, forgiving each other, even as God also in Christ forgave you.

同じ真理が教えられている

キリストにおいてという言葉に注目してほしい。
これは信者の位置を表す専門用語。
パウロは、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださった という赦しの位置を強調している。

 

 

 

 

 

 

Ⅴ.義認

JUSTIFICATION

義認は信者の第5の位置

 

(1)

義と宣言されること

 

義認の基本的な意味は義であると宣言されること
to be declared righteous

 

義と宣言されるとは信仰をとおしてくる
信仰を持った時に
キリストの義が私たちに与えられる

だから神さまが私たちを見る時に
キリストは義である
そのキリストのうちにある私たちもまた義である
と神さまは見てくださる

 

 

ロマ書3:24
ロマ 3:24 彼らは、
価なしに、
神の恵みにより、
キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

あがないの故に義とされる

 

 

テキストに書いてない聖句
ローマ5:1
ロマ 5:1 このように、
わたしたちは、
信仰によって義とされたのだから、
わたしたちの主イエス・キリストにより、
神に対して平和を得ている。

信仰によって義と認められた

 

 

テキストに書いてない聖句
ローマ5:9
ロマ 5:9 わたしたちは、
キリストの血によって今は義とされているのだから、
なおさら、
彼によって神の怒りから救われるであろう。

 

ローマ5:19
ロマ 5:19 すなわち、
ひとりの人の不従順によって、
多くの人が罪人とされたと同じように、
ひとりの従順によって、
多くの人が義人とされるのである。

 

私たちがキリストにあって義とされる

 

 

ローマ8:30
ロマ 8:30 そして、
あらかじめ定めた者たちを更に召し、
召した者たちを更に義とし
義とした者たちには、
更に栄光を与えて下さったのである。

義認を受けていることが
将来の復活の保証となっている

 

 

テキストに書いてない聖句
第一コリント6:11
一コリ 6:11 あなたがたの中には、
以前はそんな人もいた。
しかし、
あなたがたは、
主イエス・キリストの名によって、
またわたしたちの神の霊によって、
洗われ、
きよめられ、
義とされたのである。

メシアが完成させて下さったわざの故に
私たちは義認を受けている

 

 

テキストに書いてない聖句
テトス3:7
テトス 3:7 これは、
わたしたちが、
キリストの恵みによって義とされ
永遠のいのちを望むことによって、
御国をつぐ者となるためである。

私たちは神の恵みにより義とされている

 

 

 

(2)

信仰を通して
メシアの義を付与されること

 

 

 

 テキストに載っていないこと

義認の結果

 

私たちは神との平和を持っている

 

ロマ書6章~8章の内容:
信者は義認を受けている
それを実際的にどうのように適用するか

信者はキリストのうちにあって義となっている
義となっているという原則に基づいて
クリスチャン生活をしなさい
というすすめ

 

 

繰り返すが
位置的真理と
実際の生活との間に
ギャップがある

 

霊的に成長するとはそのギャップがなくなり
私たちの行動が位置的真理が教えていることに近づき
完成していく
それがクリスチャン生活

 

 

 

 

 

 

セミナーテキスト6ページ(35/48)

 

Ⅵ.栄化

 GLORIFICATION

信仰者の第6の位置は栄化

 

 

(1)

メシアの栄光の究極的な付与が保証されている。

キリストのうちにあるという位置的真理の第六番目が栄化 glorification

 

セミナー前半「救いの10の側面」で
栄化は
私たちの救いの将来的側面であると言った
しかし位置的真理という側面から見ると
これはもうすでに起こっていること

例)
ローマ8:18、30
ロマ 8:18 わたしは思う。
今のこの時の苦しみは、
やがてわたしたちに現されようとする栄光に比べると、
言うに足りない。
 

ロマ 8:30 そして、
あらかじめ定めた者たちを更に召し、
召した者たちを更に義とし、
義とした者たちには、
更に栄光を与えて下さったのである。

時制が過去形で
すでに成就したものとして栄化が語られている

 

 

当然のことだが
現在の私たちの行動は栄化からはまだ離れたもの
けれどもそれが位置的真理においては
もう成就していると見なされている

 

ローマ9:23
ロマ 9:23 かつ、
栄光にあずからせるために、
あらかじめ用意されたあわれみの器にご自身の栄光の富を知らせようとされたとすれば、
どうであろうか。

栄化が
あわれみの器つまり選びの器である私たちに対する
神さまの最終的な計画だと分かる

 

 

コロサイ3:4も同じことを教えている
コロ 3:4 わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、
あなたがたも、
キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。

 

 

第一ヨハネ3:2
Ⅰヨハ 3:2 愛する者たち。
私たちは、今すでに神の子どもです。
後の状態はまだ明らかにされていません。
しかし、
キリストが現れたなら、
私たちはキリストに似た者となることがわかっています。
なぜならそのとき、
私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。
(新改訳3)

将来の完成が保証されている

今私たちが
キリストのうちにあって置かれている位置的真理において
この保証が与えられている
実践も
この成就(キリストに似た者となること)に向けて
私たちは歩んでいく

 

 

 

 

 

33の事項:位置的真理(4)2024年4/20
Ⅶ.解放(DELIVERANCE)
Ⅷ.割礼(CIRCUMCISION)
Ⅸ.神に受け入れられる
(BEING ACCEPTABLE TO GOD)

 

 

 

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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