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練馬桜台聖書フォーラム

八つの契約 レジュメ(18)2020年 7/11

2020.07.11

カテゴリー:八つの契約, 学び

八つの契約 レジュメ(18)2020年7/11

 

食べなきゃいけない、ではなく食べることが許された

イスラエル人も今は新しい律法のもとに

無条件契約であるアダム契約、ノア契約、アブラハム契約今も生きている


 

2002年フルクテンバウム博士セミナー聖書の八つの契約テキスト)を学んでいます。
ご購入はこちらから(CD9枚組)(MP3版

 

八つの契約 レジュメ(1) 2019年9/14
はじめに A.契約のタイプ 1.条件付き契約不滅 2.無条件契約 B.イスラエルとの契約

八つの契約 レジュメ(2) 2019年9/28
Ⅰ.エデン契約 1/2 A.エデン契約に与る者 B.エデン契約の条項(1)~(7) C.エデン契約のディスペンセーション「無垢の時代」 1ヨハ2:15と創3:6 エバの罪とアダムの罪 

八つの契約 レジュメ(3) 2019年10/26
Ⅰ.エデン契約 2/2 エデン契約Q&A

八つの契約 レジュメ(4) 2019年11/9
Ⅱ.アダム契約 1/2 A.アダム契約に与る者 B.アダム契約の条項(1/2) 蛇に対して サタンに対して

八つの契約 レジュメ(5) 2019年11/23
Ⅱ.アダム契約 2/2 B.アダム契約の条項(2/2) エバに対して アダムに対して、 C.アダム契約のディスペンセーション「良心の時代」 アダム契約Q&A

八つの契約 レジュメ(6) 2019年12/14
Ⅲ.ノア契約(1/2) A.ノア契約に与る者 B.条項 C.約束 D.しるし E.ディスペンセーション「人間による統治の時代

八つの契約 レジュメ(7) 2020年1/11
Ⅲ.ノア契約(2/2) ノア契約Q&A

八つの契約 レジュメ(8) 2020年1/28
Ⅳ.アブラハム契約(1/4) 聖句 A.アブラハム契約に与る者 B.契約のしるし

八つの契約 レジュメ(9) 2020年2/8
Ⅳ.アブラハム契約(2/4) C.アブラハム契約の条項 D.他の契約を生み出す基礎 E.追認、確認

八つの契約 レジュメ(10) 2020年2/22
Ⅳ.アブラハム契約(3/4) F.アブラハム契約のディスペンセーション「約束の時代

八つの契約 レジュメ(11) 2020年3/23
Ⅳ.アブラハム契約(4/4)アブラハム契約のQ&A

八つの契約 レジュメ(12) 2020年4/11
Ⅴ.モーセ契約(1/7) A.モーセ契約に与る者  B.モーセ契約の中心的条項(1/3)  十戒との関係 祝福と呪い C.契約の中心的要素 血を流す犠牲のささげもの

八つの契約 レジュメ(13) 2020年4/25
Ⅴ.モーセ契約(2/7) B.モーセ契約の中心的条項(2/3) 食物規定、死刑、割礼

八つの契約 レジュメ(14) 2020年5/9
Ⅴ.モーセ契約(3/7) B.モーセ契約の中心的条項(3/3) 安息日

八つの契約 レジュメ(15) 2020年5/23
Ⅴ.モーセ契約(4/7) モーセの律法の目的(1/2) との関係、イスラエルとの関係 (巡礼祭)

八つの契約 レジュメ(16) 2020年6/13
Ⅴ.モーセ契約(5/7) モーセの律法の目的(2/2) 異邦人との関係、との関係

八つの契約 レジュメ(17) 2020年6/27
Ⅴ.モーセ契約(6/7) D.モーセ契約のディスペンセーション「律法の時代」

フルクテンバウム博士のメッセージを中川健一牧師がわかり易く通訳してくださったセミナーの内容を基に作成しています。

以下、青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句です(但し、ここでは新改訳2017を載せています)。
紫色の聖句は参考聖句です。
黒色の文章がセミナーの説明文です。

緑色の文章はHP編者による補足説明です。
茶色の文章はDr.Arnold G. Fruchtenbaum『The Eight Covenants of the Bible』 からの補足説明です。
興味のあるところはリンク先もご覧になってみてください。

今シリーズのレジュメから聖句は断りがない限り「新改訳3」ではなく「新改訳2017」を使用しています。

Ⅰ.  エデン契約条件付き契約-人類全般と
Ⅱ.  アダム契約-無条件契約    -人類全般と
Ⅲ. ノア契約 -無条件契約    -人類全般と
Ⅳ. アブラハム契約無条件契約-イスラエルと
Ⅴ. モーセ契約条件付き契約-イスラエルと
Ⅵ. パレスチナ契約無条件契約-イスラエルと
Ⅶ. ダビデ契約-無条件契約    -イスラエルと
Ⅷ. 新しい契約-無条件契約    -イスラエルと

 

 

Ⅴ.モーセ契約 7/7
THE MOSAIC COVENANT

セミナーテキスト15ページ

  

 

D. モーセ契約のディスペンセーション(2/2)

 

つづき

ヘブル 8:1~13
ヘブル 8:1 以上述べてきたことの要点は、私たちにはこのような大祭司がおられるということです。
この方は天におられる大いなる方の御座の右に座し、8:2 人間によってではなく、主によって設けられた、まことの幕屋、聖所で仕えておられます。
8:3 大祭司はみな、ささげ物といけにえを献げるために任命されています。
したがって、この大祭司も何か献げる物を持っていなければなりません。
8:4 もしこの方が地上におられたなら、祭司であることは決してなかったでしょう。
律法にしたがってささげ物をする祭司たちがいるからです。
8:5 この祭司たちは、天にあるものの写しと影に仕えています。
それは、モーセが幕屋を設営しようとしたときに、御告げを受けたとおりのものです。
神は、「よく注意して、山であなたに示された型どおりに、すべてのものを作らなければならない」と言われました。
8:6 しかし今、この大祭司は、よりすぐれた契約の仲介者であるだけに、その分、はるかにすぐれた奉仕を得ておられます。
その契約は、よりすぐれた約束に基づいて制定されたものです。

8:7 もしあの初めの契約が欠けのないものであったなら、第二の契約が必要になる余地はなかったはずです。
8:8 神は人々の欠けを責めて、こう言われました。
「見よ、その時代が来る。
──主のことば──
そのとき、わたしはイスラエルの家、ユダの家との
新しい契約を実現させる。

8:9 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を握って
エジプトの地から導き出した日に、
彼らと結んだ契約
のようではない。

彼らはわたしの契約にとどまらなかったので、
わたしも彼らを顧みなかった。

──主のことば──
8:10 これらの日の後に、わたしが
イスラエルの家と結ぶ契約はこうである。

──主のことば──
わたしは、
わたしの律法を彼らの思いの中に置き、
彼らの心にこれを書き記す。

わたしは彼らの神となり、
彼らはわたしの民となる。

8:11 彼らはもはや、それぞれ仲間に、
あるいはそれぞれ兄弟に、
『主を知れ』と言って教えることはない。

彼らがみな、小さい者から大きい者まで、
わたしを知るようになるからだ。

8:12 わたしが彼らの不義にあわれみをかけ、
もはや彼らの罪を思い起こさないからだ。」

8:13 神は、「新しい契約」と呼ぶことで、 初めの契約を古いものとされました。
年を経て古びたものは、すぐに消えて行くのです。
ヘブル8:1~13については中川健一牧師による無料メッセージ「ヘブル人への手紙(15)-さらにすぐれた契約ー」をどうぞ

 

 

 

エレミヤ書31:31~34(詳しくはⅧ.新しい契約にて)
エレ31:31 見よ、その時代が来る──【主】のことば──。

そのとき、わたしはイスラエルの家およびユダの家と、新しい契約を結ぶ。

31:32 その契約は、わたしが彼らの先祖の手を取って、エジプトの地から導き出した日に、彼らと結んだ契約のようではない。
わたしは彼らの主であったのに、彼らはわたしの契約を破った──【主】のことば──。
(預言的にはメシアの死の前に既にモーセ契約は破棄されたと考えられていたということです。テキスト15ページ)

31:33 これらの日の後に、わたしがイスラエルの家と結ぶ契約はこうである──【主】のことば──。
わたしは、わたしの律法を彼らのただ中に置き、彼らの心にこれを書き記す。
わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。
(新しい契約)

31:34 彼らはもはや、それぞれ隣人に、あるいはそれぞれ兄弟に、『【主】を知れ』と言って教えることはない。
彼らがみな、身分の低い者から高い者まで、わたしを知るようになるからだ──【主】のことば──。
わたしが彼らの不義を赦し、もはや彼らの罪を思い起こさないからだ。」
(千年王国にて)

  

 

 

ヘブル人への手紙8:13
ヘブル 8:13 神は、「新しい契約」と呼ぶことで、 初めの契約を古いものとされました。
年を経て古びたものは、すぐに消えて行くのです。
エレミヤの預言とともにモーセの律法が古びたことが語られています。

エレミヤが預言した、モーセの律法の破棄されることが、メシアの死で成就するわけです。
ですから今日、メシアの死以降生きている私たちは「律法の時代」に生きているのではなく、「恵みの時代」に生きているのです。

 

 

それがローマ人への手紙6:14
ロマ 6:14 罪があなたがたを支配することはないからです。
あなたがたは律法の下にではなく、恵みの下にあるのです。

 

 

ローマ人への手紙7:4、6
ロマ 7:4 ですから、私の兄弟たちよ。
あなたがたもキリストのからだを通して、律法に対して死んでいるのです。
それは、あなたがたがほかの方、すなわち死者の中からよみがえった方のものとなり、こうして私たちが神のために実を結ぶようになるためです。

 

ロマ 7:6 しかし今は、私たちは自分を縛っていた律法に死んだので、律法から解かれました。
その結果、古い文字にはよらず、新しい御霊によって仕えているのです。

 

 

ガラテヤ5:18
ガラ 5:18 御霊によって導かれているなら、あなたがたは律法の下にはいません。
これを聞いたあと大抵の人がこの質問をします。

「じゃあ、モーセの律法、十戒が有効じゃないんだったら今は盗ったり殺したりしてもいいんですか?」
答えは「そんなことしちゃいけません。」
わかっていますよね、言わずとも。
私たちはモーセの律法のもとにはいないけれど、恵みの時代は新しい別の律法のもとにいるのです。

その新しい律法とはキリストの律法と呼ばれています。

「新しい契約」の学びに入った時に、新約の規定の中でキリストの律法とは何なのか学びます。

 

 

もう一つだけ付け加えておきたいと思います。
今まで学んだことがどういう意味があるのでしょうか。

 

大事なこと

私たちはモーセの律法の要求からは完全に解放されているということ

 

けれども、モーセの律法は義務ではないけれども、私たちはモーセの律法を自分の意思で実践しようと思うならば、それは許されます。
ただし、
その場合4つのことを理解していることが必要です。

モーセの律法を実行したからといって

神さまから義認を受ける、つまり神から義とされるわけではない理解していること。


実行する前より、より以上に聖くなるわけではないと理解していること。
今日恵みの時代に生きる私たちはモーセの律法によってきよめられるのではなくて、キリストの律法によって聖められるのです。


ほめられるわけではないということ。
私たちはキリストの律法に従うことによって神を喜ばせるのであって、モーセの律法に従うことによって神を喜ばせるのではないのです。


その人がよりユダヤ人ぽくなったり、ユダヤ性を高めたり、あるいはより霊的になったりするわけではないのです。

 

私たちは新約聖書の恵みの原則に違反しない限りは、自分の自由意思でモーセの律法を実行するのは構わないということ。
但しその場合でも例えば今言ったように、これをやって義とされようとか、これをやったらより聖くなる、これをやったら神に喜ばれる、あるいはこれをやったらより霊的になるということではないということです。

  

ですから、食物規定とか衣服に関する規定は新約時代の恵みの時代に生きている私たちにとっては中立です。
その人のご自由にということです。
他の人にこれをせねばならないと強制しない限りは、その人はやってもやらなくてもOKですね。

 [この点を強調しているのは、フルクテンバウム先生はラーメンが大好きだからです。(笑)]

  

例)
アダムからノアまで人間が食べることを許されたのは何ですか?

草食です。
ノアの時代になって肉を食べることが許されました。

食べなきゃいけないのではない、食べることが許されたということ。
ですから、菜食主義の生活もOKですよ。
他の人に菜食主義のみが聖書的生き方であると言わない限りはOK

今、恵みの時代に生きる私たちにとってモーセの律法というのはそれと同じです。
草食については八つの契約レジュメ(2)Ⅰ.エデン契約 B.エデン契約の条項 ④第四の条項同レジュメ(5)Ⅱ.アダム契約 B.アダム契約の条項 B4アダムに対して ③アダムに対する第3の条項、 肉食については同レジュメ(6)Ⅲ.ノア契約 B.ノア契約の条項 ③第三の条項 参照)

 

 

私は一つラビの或る物語を思い出しました。
ドイツのある小さな村で…
この苦笑するショートラビジョークは割愛させていただきます。

 

 

 

 

モーセ契約Q&A

 

セミナー参加者によるモーセ契約についての質問と中川牧師による回答です。
アブラハム契約についてのQ&Aも一緒になっていましたが、それは八つの契約レジュメ(11)で扱いました。

この時間から、私とフルクテンバウム先生の教え方は、よりユダヤ的になります。
ということは座って教えるということです()
ユダヤ人の会堂では聖書、トーラーを読む時だけ立ちます。
教える時は座ります。
イエスさまも教える時は座って教えていらっしゃいます。

 

M-Q1
今のユダヤ人社会では安息日にシナゴーグ(ユダヤ教の会堂)に集まります
安息日は礼拝する日ではなく家で休む日ということを聞きましたが、ユダヤ人は安息日の礼拝、安息日にシナゴーグに集まることをどのように考えているのでしょうか?

  

 

M-A1
これはラビ的ユダヤ教、ラビたちが考え出した方法で、モーセの律法に書かれてある方法ではありません

私たちは、ユダヤ人はモーセの律法に書かれてあるとおりに信仰を実行していると思うなら、これは大きな誤解です。
紀元70年に神殿が崩壊して以降こんにちまでの時代、ラビ的ユダヤ教となります。
ユダヤ教はモーセの時代、それからダビデの時代捕囚に行った前後イエスさまの時代、全部形が変わってきています。
そして、今あるユダヤ教がラビ的ユダヤ教です。
これは新約聖書でいうとパリサイ人たち、いわゆる律法学者たちがリーダーシップをとって形成されてきたユダヤ教です。

ですから、私たちが今「ユダヤ教の人は皆これをやっている。だからこれは聖書的だ。」と思うのは、よく吟味しないとどこまでが聖書的でどこまでがラビ的ユダヤ教なのかわからなくなります。

例)
ユダヤ人は頭にキッパというかぶり物をかぶります。
キッパはモーセの律法のどこにもでていません。
これは中世にラビ的ユダヤ教ででてきたものです。

 

この質問は、ラビ的ユダヤ教の中でシナゴーグに集まって礼拝をすることがでてきたということ。
よろしいですか。

 

 

 

 

M-Q2
罪の贖いの為の動物と食べる動物の区別はどうしていたのですか?

  

 

M-A2
贖いの為に献げる動物は全部、種類としては食べることができます。
ただ、食べる動物で贖いのために用いられないものがあります。
例えば鹿、鶏とかは献げませんね。

ですからもう一回言いますと、ささげる動物は全部食べることが許されていました。
逆に食べることが許されていたものでささげ物にはならなかったものがあります。

 

 

 

 

M-Q3
ささげ物の動物はどこかで特別に飼育していたのですか?

  

 

M-A3
レビ人たちが、献げるための傷もしみもない動物を育てることはしていました。
新約聖書の時代、旧約時代もそうですね。
神殿が建って、それが機能している時は、祭司階級がそれをしていました。
特にイエスさまの時代は神殿でしか買えない。
ですから高いお金がかかったわけですね。

 

 

 

 

M-Q4
これは読み上げていいかどうか、ちょっと深刻なご相談で、
今教会に行きづらいので教会に行っていないというご夫妻がどうやらいるようですね。
他にも教会に行くと疲れるというような声がよくあります、と。
安息日が休息の時ならばこれは良い話ではないですか。
新約で、日曜日とか安息日とか教会に行くことがどういう風になるのでしょう?

 

 

M-A4
これは新約(の学びの時)まで待ってください。
どんな話がでてくるかですね。
フルクテンバウム博士著『イスラエル学-組織神学の失われた環-The Missing Link in Systematic Theology』中川健一監訳/佐野剛史訳(電子書籍) B.現在のイスラエル 4.モーセ契約とモーセの律法 c.安息日(7)新約聖書における安息日(8)日曜日p.129~p.146 をどうぞ

 

 

 

 

これはねえいい質問ですね、これもね。
他の質問もいい質問ですよ。(笑)
M-Q5
旧約は全部終わったこととして、今の人々は新約に力を入れて学べばいいというようなことがよく日本の教会で言われていますが、それはどうなんでしょうか?

  

 

M-A5
この講義をとおしてわかるのは、旧約聖書で終わったと言われているのはモーセの律法(モーセ契約)です。
或いはエデン契約が終わったのです。
ところが、アダム契約、ノア契約、アブラハム契約は依然として生き続けていますから、この理解なくしてイエス・キリストの十字架とそれ以降の世界の歴史の展開を読み取ることは難しいのです。

旧約が終わったというのは旧約聖書の中の「律法の時代」が終わった
そのディスペンセーションが終わった。
モーセの律法が終わった。
しかし、それ以外の無条件契約アダム契約、ノア契約、アブラハム契約は今も生き続けていますから、それを理解しなければ新約聖書を理解することにはならないということです。
よろしいですか?

二人位しかうなずきませんね。
この意味わかりますか?
これ非常に重要ですよ。
この点を良く理解しておいてください。

 

 

今ちょっとこの話が出たついでに少し
このディスペンセーション主義私たちの立場Dispensationalism「ディスペンセーション神学」と対抗するのがCovenant Theology「契約神学」というものです。
(契約神学については八つの契約レジュメ(3)Ⅰ.エデン契約Q&A E-A 参照)
ちょっと触れましたが、契約神学は(実体は)一つしか契約がありません。
それが「恵みの契約covenant of grace」で、一貫してそれで説明しようとします。
(アダムの堕落以前が「行い(業)の契約」、堕落以降が「恵みの契約」(その基礎は「贖いの契約」))
契約が一つしかないので契約の受け手も一つしかない。
旧約時代はイスラエル、新約時代は教会。
「教会」が「新しいイスラエル」になったと言うのはそのCovenant Theology契約神学の人たちの当然の結論としてでてくるのです。
契約の民は一つしかないのですから。
中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円)03契約神学はどのように発展したのか 04契約神学の3つの契約とは、どのようなものか 

 

普通、神学的背景のある人と話しているとすぐに
「ディスペンセーション主義はおかしい。」
(私も言われたことがあります。)
「どこがおかしいんですか?」
「ディスペンセーション主義だからおかしい。」と言われる場合が多いのです。

その第一の理由は、これが比較的新しい神学体系だから。
(ディスペンセーショナリズムについては八つの契約レジュメ(1)はじめに 参照)
中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A』(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円)26ディスペンセーショナリズムは新しい神学体系か

二つ目の理由は、十分に聖書の釈義をしていないのです。
今、フルクテンバウム先生をとおして聖書の一つひとつの語句を吟味しながら、どの体系が一番調和をもって聖書の救いを説明できるかということに私たちはチャレンジしているわけです。
中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A』(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円)05ディスペンセーショナリズムの基本的要素とは何か 06ディスペンセーションの定義は何か 077つのディスペンセーションとは、どのようなものか 087つのディスペンセーション説以外に、どのような説があるか 25ディスペンセーションと聖書的契約の関係とは 

ですから、大抵契約神学の人がディスペンセーショナリズムを否定する時は、十分な釈義をしないで自分の枠組みを当然のこととして受け入れた上で議論をしているということ。
二つ目は、十分なディスペンセーショナリズムに対する議論なくしてレッテルを貼り、ダメだと言っている場合が多いということ。
これをよく覚えておいてください。

 

「教会」が「新しいイスラエル」「霊のイスラエル」であるという考え方は聖書的ではない、という神学者たちの見方が今すごくでてきています。

 

私は個人的にユダヤ人伝道、イスラエルの役割ということに対して非常な確信を持っています。
イスラエルが神さまから契約を受けた民であり、将来、終末時代において非常な役割が与えられている。
新約時代の教会は「新しいイスラエル」ではない。
教会とは、救われた異邦人とイエスを信じたユダヤ人が、ふたつが一つになって新しいからだになったものだということを信じていますから、イスラエルのことを調和をもって神学的に説明しようとすると、契約神学ではあまりにも矛盾が多すぎて、私はもう対応できないのです。
中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A』(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円)30ディスペンセーショナリズムと契約神学の違いとは

フルクテンバウム先生のこのシステムは、ユダヤ人の位置づけを最も調和をもって説明でき、尚且つ黙示録に至るまで終末論に至るまできちんと説明ができます。
中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A』(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円)29ディスペンセーショナリズムが神学に与えた影響とは
黙示録についてはヨハネの黙示録レジュメ(1)(21) 参照)

異邦人の教会の歴史の中で異邦人が構築してきた神学というのはやはりユダヤ人を排除した上で構築してきたのです。
ですから、「契約神学」のようなものが主流になったわけですね。
かなりテクニカルな話になっていますが、「教会は新しいイスラエルである。」という発言をした人は、大抵神学校で受けてきた教育は「契約神学」、その名前を教えられようが教えられまいが、体系的にはそれです。
一つの契約しかない、契約の民は旧約新約一つしかない、その考え方で聖書を読もうとしておられます。
ちょっと難しい話になりましたね。ごめんね。

 

 

 

 

M-Q6
十戒の中で親孝行する者は日が長くなるという言葉がありますが、これも無効になるのですか?

  

M-A6
出エジプト記20:12
出 20:12 あなたの父と母を敬え。
あなたの神、【主】が与えようとしておられる地で、あなたの齢が長くなるためである。(新改訳3)

出 20:12 あなたの父と母を敬え。
あなたの神、【主】が与えようとしているその土地で、あなたの日々が長く続くようにするためである。(新改訳2017)

これは、個人的に両親を敬えばあなたは長生きするよという約束ではなく、
共同体として、両親を大事にすればユダヤ民族が神が与えてくださる約束の地で長く祝福の生活を営むことができるという約束です。

モーセの律法の規定ですから、今、これも無効になり、この時代も終わったということが言えます。
今はユダヤ人にとっても「恵みの時代」、キリストの律法に従う時代です。

これは個人的に長生きするよという約束ではなく、民族に約束の地での生活の祝福が長く続くかどうかを約束した言葉です。

 

(参考までに
エペ 6:1 子どもたちよ。
主にあって自分の両親に従いなさい。
これは正しいことなのです。
6:2 「あなたの父と母を敬え。」これは約束を伴う第一の戒めです。
6:3 「そうすれば、あなたは幸せになり、その土地であなたの日々は長く続く」という約束です。
書簡のこの聖句は「キリストの律法」として今も生きています。byリーダー と思います。)

 

 

                                                                                                                      

詳しくは中川健一著『ディスペンセーショナリズムQ&A(書籍のみ1528円)(CD5枚組書籍付き3000円) 13「律法の時代」とは、どのようなものか 21シナイ契約とはどのようなものか をどうぞ。

                                                                                                             

八つの契約(19) 2020年8/22
Ⅵ.土地の契約(1/2) A.契約に与る者 B.パレスチナ契約の条項    

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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