アブラハム契約の歴史的展開レジュメ(4)2017年1/14
使徒行伝にみるパウロの宣教方法
エルサレムの真の平和とは?
私たちができる事、否すべき事
2001年フルクテンバウム博士セミナー『アブラハム契約の歴史的展開』(テキスト) を学んでいます。
ご購入はこちらから(CD2枚組)(MP3版)
フルクテンバウム博士のメッセージを中川健一牧師がわかり易く通訳してくださったセミナーの内容を基に作成しています。
以下
青色の聖句はテキストでみていく聖句です。
紫色の聖句はその他の参照引用聖句です。
緑色の文章や・・・・で囲われた部分は補足説明です。
黒色の文章がセミナーの説明文です。
興味のあるところはリンク先もご覧になってみてください。
セミナーテキストの3ページ
アブラハム契約の原則は地域教会或いは私たち個人にとって
どういう意味があり
どういう適用があるのか
Ⅷ 地域教会への適用
A. マタイの福音書28:18〜20
大宣教命令
マタ 28:18 イエスは彼らに近づいてきて言われた、 「わたしは、天においても地においても、いっさいの権威を授けられた。
28:19 それゆえに、あなたがたは行って、すべての国民を弟子として、父と子と聖霊との名によって、彼らにバプテスマを施し、28:20 あなたがたに命じておいたいっさいのことを守るように教えよ。
見よ、わたしは世の終りまで、いつもあなたがたと共にいるのである」。
この大宣教命令がどういう方法で実現されるべきかを教えているのが
B. ローマ人への手紙1:16
救いの方法
ロマ 1:16 わたし(パウロ)は福音を恥としない。
それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。
ロマ 1:16 私は福音を恥とは思いません。
福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。(新改訳3)
Romans 1:16 For I am not ashamed of the gospel: for it is the power of God unto salvation to every one that believeth; to the Jew first, and also to the Greek.(ASV)
福音はまず
ユダヤ人に提供されなければならないということ(ジューファースト)
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福音(ゴスペル)とは
コリント人への手紙第一 15:3〜4
私(使徒パウロ)があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。
キリストは、
(旧約)聖書に書いてあるとおりに、
私たちの罪のために死なれたこと、
また、葬られたこと、
また、(旧約)聖書に書いてあるとおりに、
三日目によみがえられたこと、
キリストの十字架以降、今そして将来にわたって全ての人(ユダヤ人も異邦人も)が信じるべき福音の内容とは次の3つのことです。
福音の三要素
① キリストは私たちの罪のために死なれたこと
② 墓に葬られたこと
③ 三日目に復活されたこと
この特別に啓示された福音の内容を理解し、同意し、イエス・キリストだけが自分を救ってくださる唯一のお方であると信じ信頼するなら、あなたは神さまの恵みと、信仰により救われます。
この3つのこと以外に以下のようにほかのことを「救いの条件」として付け加えてはいけません。
公の場での告白:「告白」と「信じること」は同時におこります
罪の告白:1ヨハ1:9は信者の罪の処理に関する教えです
洗礼:罪が赦されたのだからバプテスマを受けなさいという命令、順番です
悔い改め:信じる行為の中に含まれます
メシアの主権に従う:救われた者に対する弟子となる条件です
聖霊による認罪の働きにより信じた瞬間に新生し、聖霊の内住が与えられ、聖霊のバプテスマによりキリストと一体化させられます。
その救いは取り去られることがありません。
クリスチャンライフ、この麗しきもの(1)(詳しくはこの無料音声メッセージにて)
最初から聖書すべてを100%信じているわけではなくても大丈夫です。
聖書を学べば学ぶほど聖書への、神さまへの信頼度は増していきます。
イエスさまの十字架の血潮により罪赦され、神の怒りから救われ、神の子とされ、祝福された永遠のいのちをいただきましょう。
「いつか」ではなく、緊急性を要することです。
ヘブル 9:22 律法によれば、ほとんどすべてのものは血によってきよめられます。
血を流すことがなければ、罪の赦しはありません。
中川健一牧師によるイエス・キリストの十字架についての無料メッセージ 公式アプリダウンロード
「3分でわかる聖書」(動画)
#91 救いの条件は、「福音の三要素」だけでしょうか。
#23 洗礼とは何ですか?洗礼を受けないと救われないの?
等もどうぞ。
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ギリシヤ語本文:一つの動詞がそれに続く二つの句にかかり
時制は現在形
その真理が今も続いているということを示す時制
福音は、今でも信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。
今でもまずユダヤ人に
それからギリシヤ人つまり異邦人にという
この順番が守られなければいけない
これは所謂直接伝道にも間接伝道にも適用される考え方
直接伝道:積極的な伝道:出ていって直接その伝道に携わること
間接伝道:受身の伝道:直接伝道をしている人を背後から支える働き
どちらにしてもまずユダヤ人を支えるということが先決
個人が神から受ける召命が何であったとしても全ての人に適用される原則
フルクテンバウム博士のようにユダヤ人伝道専門に召されている人はこの原則でよくても
別の民族に伝道するように召されている人には別の順番があるのでは?
という質問にパウロは真正面から答えている
C. ローマ人への手紙11:13〜14
パウロの召命
ロマ 11:13 そこでわたし(パウロ)は、あなたがた異邦人に言う。
わたし自身は異邦人の使徒なのであるから、わたしの務を光栄とし、11:14 どうにかしてわたしの骨肉を奮起させ、彼らの幾人かを救おうと願っている。
ロマ 11:13 そこで、異邦人の方々に言いますが、私は異邦人の使徒ですから、自分の務めを重んじています。
11:14 そして、それによって何とか私の同国人にねたみを引き起こさせて、その中の幾人でも救おうと願っているのです。(新改訳3)
パウロはユダヤ人に直接伝道するように召された人ではない
ユダヤ人伝道というのはペテロに与えられた使命だった
D. ガラテヤ人への手紙2:7〜9
二種類の宣教
ガラ 2:7 それどころか、彼らは、ペテロが割礼の者への福音をゆだねられているように、わたし(パウロ)には無割礼の者(異邦人)への福音がゆだねられていることを認め、2:8 (というのは、ペテロに働きかけて割礼の者への使徒の務につかせたかたは、わたしにも働きかけて、異邦人につかわして下さったからである)、 2:9 かつ、わたしに賜わった恵みを知って、柱として重んじられているヤコブとケパとヨハネとは、わたしとバルナバとに、交わりの手を差し伸べた。
そこで、わたしたちは異邦人に行き、彼らは割礼の者に行くことになったのである。
2種類の宣教がある
ペテロ:割礼を受けた人々つまりユダヤ人に伝道するよう召されていた
パウロ:割礼を受けていない人すなわち異邦人に宣教するよう召された人だった。
パウロは異邦人伝道に出て行くが
どこに行ったとしてもローマ人への手紙1:16の「まずユダヤ人に」という原則を厳格に実践している
その例をみていこう
E. 原則の実行
1.積極的な伝道
a. 使徒の働き13:2〜3
使 13:2 一同が主に礼拝をささげ、断食をしていると、聖霊が「さあ、バルナバとサウロ(パウロの前の名)とを、わたしのために聖別して、彼らに授けておいた仕事に当らせなさい」と告げた。
13:3 そこで一同は、断食と祈とをして、手をふたりの上においた後、出発させた。
パウロは使徒の働き9章で既に異邦人に伝道する働きに召されている
使徒の働き13章に入って母教会(アンテオケ教会)からその異邦人伝道に出て行くよう派遣を受けている
b. 使徒の働き13:5
使 13:5 そしてサラミスに着くと、ユダヤ人の諸会堂で神の言を宣べはじめた。
彼らはヨハネを助け手として連れていた。
いよいよ異邦人への伝道に出て行くパウロがどういう順番で伝道しているかに注目しよう
c. 使徒の働き13:14、46
使 13:14 しかしふたりは、ペルガからさらに進んで、ピシデヤのアンテオケに行き、安息日に会堂にはいって席に着いた。
パウロの一行は安息日(土曜日)に会堂(ユダヤ教の会堂、シナゴーグ)に入ってユダヤ人に伝道をしている
使 13:46 パウロとバルナバとは大胆に語った、
「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。
しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。
パウロはここでこう言っている
「神のことば(言)は、まず、あなたがた」つまりユダヤ人「に語られなければ(語り伝えられなければ)ならなかった。」
どうしてまずユダヤ人に語られなければならなかったのか
ローマ人への手紙1章16節からでてくる聖書的神学的な必然性の故
前述B ジューファースト
d. 使徒の働き14:1
使 14:1 ふたりは、イコニオムでも同じようにユダヤ人の会堂にはいって語った結果、ユダヤ人やギリシヤ人が大ぜい信じた。
e. 使徒の働き16:12〜13
使 16:12 そこからピリピへ行った。これはマケドニヤのこの地方第一の町で、植民都市であった。
わたしたちは、この町に数日間滞在した。
16:13 ある安息日に、わたしたちは町の門を出て、祈り場があると思って、川のほとりに行った。
そして、そこにすわり、集まってきた婦人たちに話をした。
ここでもパウロはロマ書1:16の原則を忠実に守っている
ピリピという町には会堂がなかった
ユダヤ教:その町のユダヤ人男性が少なく会堂を建てられない場合
安息日の祈り会はその町の水辺でやるようにと教えられている
ユダヤ教パリサイ派出身のパウロはその習慣を良く知っていたはず
ピリピではすぐに異邦人に宣教を始めてもいいはずだが
パウロは数日間滞在して次の安息日が来た時に
祈り場があると思われた川岸(川のほとり)に行っている
パウロは
まずユダヤ人に伝道する
と考えたから
f. 使徒の働き17:1〜2
使 17:1 一行は、アムピポリスとアポロニヤとをとおって、テサロニケに行った。
ここにはユダヤ人の会堂があった。
17:2 パウロは例によって、その会堂にはいって行って、三つの安息日にわたり、聖書に基いて彼らと論じ、 17:3 キリストは必ず苦難を受け、そして死人の中からよみがえるべきこと、また「わたしがあなたがたに伝えているこのイエスこそは、キリストである」とのことを、説明もし論証もした。
g. 使徒の働き17:10
使 17:10 そこで、兄弟たちはただちに、パウロとシラスとを、夜の間にベレヤへ送り出した。
ふたりはベレヤに到着すると、ユダヤ人の会堂に行った。
パウロは必ずロマ書1:16の原則の順番を実行していたことがわかる
h. 使徒の働き17:16〜17
使 17:16 さて、パウロはアテネで彼らを待っている間に、市内に偶像がおびただしくあるのを見て、心に憤りを感じた。
17:17 そこで彼は、会堂ではユダヤ人や信心深い人たちと論じ、広場では毎日そこで出会う人々を相手に論じた。
バビロン捕囚から戻って以降ユダヤ人は偶像礼拝からは解放されている
パウロは偶像礼拝していたアテネの異邦人に福音を語るよう感じたが
ロマ書1:16の原則を実行するためにまず会堂に行ってユダヤ人に
また神を敬う(ユダヤ教に改宗してはいないがユダヤ教の神を信じ、律法に従った生活を志す)異邦人たちに福音を宣べ伝えている
i. 使徒の働き18:1、4
使 18:1 その後、パウロはアテネを去ってコリントへ行った。
使 18:4 パウロは安息日ごとに会堂で論じては、ユダヤ人やギリシヤ人の説得に努めた。
j. 使徒の働き18:19
使 18:19 一行がエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残しておき、自分だけ会堂にはいって、ユダヤ人たちと論じた。
k. 使徒の働き19:1、8
使 19:1 アポロがコリントにいた時、パウロは奥地をとおってエペソにきた。
そして、ある弟子たちに出会って、
パウロは再びエペソに帰って来ている
使 19:8 それから、パウロは会堂にはいって、三か月のあいだ、大胆に神の国について論じ、また勧めをした。
l. 使徒の働き28:16、17
使 28:16 わたしたちがローマに着いた後、パウロは、ひとりの番兵をつけられ、ひとりで住むことを許された。
使 28:17 三日たってから、パウロは、重立ったユダヤ人たちを招いた。
みんなの者が集まったとき、彼らに言った、
「兄弟たちよ、わたしは、わが国民に対しても、あるいは先祖伝来の慣例に対しても、何一つそむく行為がなかったのに、エルサレムで囚人としてローマ人たちの手に引き渡された。
パウロはローマに着いて3日後にユダヤ人たちを呼び寄せている
ローマに会堂はあったが囚われの身のパウロは自由に会堂に出て行くことはできなかった
2年間は投獄されるということを知っていた
そこでパウロはロマ書1:16の原則を実現するためにまず自分のところにユダヤ人の指導者たちを呼び寄せて彼らに福音を語っている
異邦人(ユダヤ人以外の人への)伝道に召されたパウロがどの町に行こうとも必ずまずユダヤ人に語りかけている
ロマ書1:16の原則は
個人々々が受ける召命がどのようなものであったとしても全ての人に適用される原則
2. 受身の伝道
ロマ書1:16の原則は同時に間接的な伝道 受身の伝道にも適用される
ローマ人への手紙15:25〜27
ロマ 15:25 しかし今の場合、聖徒たちに仕えるために、わたしはエルサレムに行こうとしている。
15:26 なぜなら、マケドニヤとアカヤとの人々は、エルサレムにおる聖徒の中の貧しい人々を援助することに賛成したからである。
15:27 たしかに、彼らは賛成した。
しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。
というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。
・・・異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですから、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。(新改訳3)
パウロは
異邦人教会がエルサレムにある母教会を献金で援助することについて語っているが
これは単にクリスチャンが示す愛の行為 慈善行為であるというだけではなく
神学的な必然性からでてくる行為
異邦人はユダヤ人が受ける霊的祝福をともに与った もらい物をした者として
物質的にユダヤ人伝道を支えていく必然性があるということ
これが間接的な意味でまずユダヤ人を支えるということの意味
地域教会への適用
直接伝道:
地域教会が伝道する場合
まず自分たちの伝道範囲の中にユダヤ人がいるかどうかを調べ
異邦人伝道を始める前にまずそのユダヤ人に福音を提供してください。
間接伝道:
仮に直接伝道は不可能でも
どの教会でも間接伝道することは可能
教会が海外宣教のための働きや献金を考えた時
そのサポート団体としてまずユダヤ人への伝道団体を選ばなければなりません。
どのユダヤ人伝道団体を支援していいかわからないという方にはフルクテンバウム博士が自信をもっておすすめできる団体が一つあります。
(フルクテンバウム博士が主催するアリエル・ミニストリーズのことですね)
ハドソン・テイラー:イギリス人、中国の伝道に召された
彼が働いていた場所にユダヤ人はいなかった
そこで毎年
彼はその年の最初の海外宣教献金に「まずユダヤ人のために」と書いたメモをつけてロンドンにあるユダヤ人宣教団体の本部に送ったそう
このように地域教会は
直接間接を問わずユダヤ人(伝道)を第一にすることが
アブラハム契約の祝福を受ける重要な方法
セミナーテキスト4ページ
F. 原則の拒否
1. 結論的事例
使徒の働き28:25〜28
使 28:25 互に意見が合わなくて、みんなの者が帰ろうとしていた時、パウロはひとこと述べて言った、
「聖霊はよくも預言者イザヤによって、あなたがたの先祖に語ったものである。
28:26 『この民に行って言え、
あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。
見るには見るが、決して認めない。
28:27 この民の心は鈍くなり、
その耳は聞えにくく、
その目は閉じている。
それは、彼らが目で見ず、
耳で聞かず、
心で悟らず、悔い改めて
いやされることがないためである』。
28:28 そこで、あなたがたは知っておくがよい。
神のこの救の言葉は、異邦人に送られたのだ。
彼らは、これに聞きしたがうであろう」。
2. 答え
a. 使徒の働き13:44〜48
使 13:44 次の安息日には、ほとんど全市をあげて、神の言を聞きに集まってきた。
13:45 するとユダヤ人たちは、その群衆を見てねたましく思い、パウロの語ることに口ぎたなく反対した。
13:46 パウロとバルナバとは大胆に語った、
「神の言は、まず、あなたがたに語り伝えられなければならなかった。
しかし、あなたがたはそれを退け、自分自身を永遠の命にふさわしからぬ者にしてしまったから、さあ、わたしたちはこれから方向をかえて、異邦人たちの方に行くのだ。
13:47 主はわたしたちに、こう命じておられる、
『わたしは、あなたを立てて異邦人の光とした。
あなたが地の果までも救をもたらすためである』」。
13:48 異邦人たちはこれを聞いてよろこび、主の御言をほめたたえてやまなかった。
そして、永遠の命にあずかるように定められていた者は、みな信じた。
b. 使徒の働き18:5〜6
使 18:5 シラスとテモテが、マケドニヤから下ってきてからは、パウロは御言を伝えることに専念し、イエスがキリストであることを、ユダヤ人たちに力強くあかしした。
18:6 しかし、彼らがこれに反抗してののしり続けたので、パウロは自分の上着を振りはらって、彼らに言った、
「あなたがたの血は、あなたがた自身にかえれ。
わたしには責任がない。
今からわたしは異邦人の方に行く」。
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この項目についてセミナーでは何も語られていませんが、
A.フルクテンバウム著 佐野剛史訳
『へブル的キリスト教入門』紙版
電子書籍 メシアニック・ジューの歴史、神学、哲学から学ぶ
第8章 宣教
に詳しく載っています。
それによると「聖書的な宣教の手順」(福音はまずユダヤ人のもとに届けられる必要があること)を認めない人が反論する根拠としてよく用いるのが使徒28:25〜28であるが、その聖句の本当の意味は「宣教の手順全体の変更ではなく、地域的な変更である。」
つまり、aであれば「ピシデヤのアンテオケに住むユダヤ人が福音を拒否したので、パウロはピシデヤのアンテオケでは異邦人のもとに向かうことにした。」
bではコリントでもaと同様にしたのであって、その後「次の土地に行った際、パウロがまず向かった先はユダヤ人の所であった(使徒14章、19章)。」等書かれています。
・・・・・・・・・・・・・・・
Ⅸ 個人的生活への適用
詩篇122:6
詩 122:6 エルサレムのために平安を祈れ、「エルサレムを愛する者は栄え、
詩 122:6 エルサレムの平和のために祈れ。
「おまえを愛する人々が栄えるように。
(新改訳3)
この「おまえ(エルサレム)を愛する人々が栄えるように」とは
突如でてきた祝福ではなく
アブラハム契約の祝福の側面が基礎になってでてきている約束
エルサレムの平和:聖書預言の流れの中で言うと
メシアであるイエスが地上に再臨してのちエルサレムに本物の平和がやってくる
メシアであるイエスが再臨するための一つの条件はイスラエルの国家的救い
エルサレムの平和のための祈り:
ユダヤ人がイエスを発見して救われるようにと祈ることが
最も現実的にエルサレムの平和のために祈る方法
ローマ人への手紙の11章で
最終的にイスラエルが救われるということと
その結果としてエルサレムの平和がやってくるということを
預言 確信したパウロはその生涯においてどのような活動をしたのか
ロマ 10:1 兄弟たちよ。
わたし(異邦人伝道に召されていたパウロ)の心の願い、彼ら(イスラエル)のために神にささげる祈は、彼ら(イスラエル)が救われることである。
パウロは日常生活の中で絶えず同胞の救いのために祈っていた
ユダヤ人が救われることが
最終的にイスラエルの国家的回心
主の再臨
エルサレムの平和
につながることを彼が知っていたから
アブラハム契約の祝福の側面に個人的に参加したいと思うならば
私たちひとり一人もユダヤ人の救いのために日々祈るべき
患難期前の出来事レジュメ(1)2017年1/28
順に起こる出来事 A.第一次、第二次世界大戦 へ
引用聖句は日本聖書協会『旧約聖書 1955年改訳、新約聖書 1954年改訳』(口語訳)を使用しています。