練馬桜台聖書フォーラム

イスラエル学レジュメ(3)2026年 3/28

2026.04.23

カテゴリー:イスラエル学, お知らせ, 学び

イスラエル学
レジュメ
(3
)2026年3/28

 

アブラハム契約後半

 

2006年フルクテンバウム博士セミナー
講師:Dr. Arnold Fruchtenbaum
通訳:中川健一牧師


『イスラエル学』
THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY
テキスト 

ご購入はこちらからCDテキスト

 

レジュメもくじ

前回のレジュメ

 

フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。

以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
セミナーでは新改訳3を使用しているので説明文では新改訳3

(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j

「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version  ASV)
茶色の文章アーノルド・フルクテンバウム博士著 中川健一監訳 佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY
(書籍)(電子書籍) 
 15
~20頁からの補足説明です

 

興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。

 

紙の聖書「新改訳2017」こちらをどうぞ

 

イスラエル学

Ⅰ.過去のイスラエル
A.イスラエルの選び
B.無条件契約

1.アブラハム契約
(a)
聖書箇所
(b)
契約の条項
(c) 契約の三つの側面
(d) 契約の再確認
(e)契約の継続性
(f)契約のしるし

 

 

 

Ⅰ.過去のイスラエル

Israel Past

 

 

B.無条件契約

The Unconditional Covenants

 

  

1.アブラハム契約

The Abrahamic Covenant

 

 

セミナーテキスト2ページ(3/22)

(e)契約の継続性

The Continuity of the covenant

 

この契約は歴史的に また預言的にどんどん発展していく
例)
(1)この契約を基にして
出エジプトが起こる

(2)この契約を基にして
イスラエルが土地を征服する

[あるいは将来預言上起こることも
この契約を基にして起こってくる
そういう意味でアブラハム契約が
この聖書に記録された救済史の中で如何に大事かということが分かってくる]

 

 

聖句7つ

 

出エジプト2:23~25
出 2:23 多くの日を経て、エジプトの王は死んだ。
イスラエルの人々は、その苦役の務のゆえにうめき、また叫んだが、その苦役のゆえの叫びは神に届いた。
2:24 神は彼らのうめきを聞き、神はアブラハム、イサク、ヤコブとの契約を覚え、2:25 神はイスラエルの人々を顧み、神は彼らをしろしめされた。
新改訳3~神はみこころを留められた。)

出エジプト6:2~8
出 6:2 神はモーセに言われた、
「わたしは主である。
6:3 わたしはアブラハム、イサク、ヤコブには全能の神として現れたが、主(ヤハウェ)という名では、自分を彼らに知らせなかった。
6:4 わたしはまたカナンの地、すなわち彼らが寄留したその寄留の地を、彼らに与えるという契約を彼らと立てた。
6:5 わたしはまた、エジプトびとが奴隷としているイスラエルの人々のうめきを聞いて、わたしの契約を思い出した。
6:6 それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい、
『わたしは主である。
わたしはあなたがたをエジプトびとの労役の下から導き出し、奴隷の務から救い、また伸べた腕と大いなるさばきをもって、あなたがたをあがなうであろう。
6:7 わたしはあなたがたを取ってわたしの民とし、わたしはあなたがたの神となる。
わたしがエジプトびとの労役の下からあなたがたを導き出すあなたがたの神、主であることを、あなたがたは知るであろう。
6:8 わたしはアブラハム、イサク、ヤコブに与えると手を挙げて誓ったその地にあなたがたをはいらせ、それを所有として、与えるであろう。
わたしは主である』
と」。

 

申命記34:4
申 34:4 そして主は彼に言われた、
「わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに、これをあなたの子孫に与えると言って誓った地はこれである。
わたしはこれをあなたの目に見せるが、あなたはそこへ渡って行くことはできない」。
34:4 そして【主】は彼に仰せられた。

神は、このアブラハム契約を根拠として、最終的にイスラエルを約束の地に導かれた。
それは、神がモーセに対して最後に語られた言葉から明らかである(申34:4)

 

歴代誌第一16:15~19
歴代上 16:15 主はとこしえにその契約をみこころにとめられる。
これはよろずよに命じられたみ言葉であって、
16:16 アブラハムと結ばれた契約、
イサクに誓われた約束である。

16:17 主はこれを堅く立ててヤコブのために定めとし、
イスラエルのためにとこしえの契約として、

16:18 言われた、「あなたにカナンの地を与えて、
あなたがたの受ける嗣業の分け前とする」と。

16:19 その時、彼らの数は少なくて、
数えるに足らず、かの国で旅びととなり、

 

歴代誌第二20:7~8
歴代下 20:7 われわれの神よ、あなたはこの国の民をあなたの民イスラエルの前から追い払って、あなたの友アブラハムの子孫に、これを永遠に与えられたではありませんか。
20:8 彼らはここに住み、あなたの名のためにここに聖所を建てて言いました、

 

 ネヘミヤ9:7~8
ネヘ 9:7 あなたは主、神でいらせられます。
あなたは昔アブラムを選んでカルデヤのウルから導き出し、彼にアブラハムという名を与え、9:8 彼の心があなたの前に忠信なのを見られて、彼と契約を結び、その子孫にカナンびと、ヘテびと、アモリびと、ペリジびと、エブスびとおよびギルガシびとの地を与えると言われたが、ついにあなたはその約束を成就されました。
あなたは正しくいらせられるからです。

 

 詩篇105:7~12
詩 105:7 彼はわれらの神、主でいらせられる。
そのさばきは全地にある。
105:8 主はとこしえに、その契約をみこころにとめられる。

これはよろず代に命じられたみ言葉であって、
105:9 アブラハムと結ばれた契約、
イサクに誓われた約束である。
105:10 主はこれを堅く立てて、ヤコブのために定めとし、
イスラエルのために、とこしえの契約として
105:11 言われた、
「わたしはあなたにカナンの地を与えて、
あなたがたの受ける嗣業の分け前とする」と。
105:12 このとき彼らの数は少なくて、
数えるに足らず、その所で旅びととなり、

 

 

 

出エジプトの時にモーセが神さまから殺されそうになっている記事がある

出エジプト記4:24~26
出 4:24 さてモーセが途中で宿っている時、主は彼に会って彼を殺そうとされた。
4:25 その時チッポラは火打ち石の小刀を取って、その男の子(単数形)の前の皮を切り、それをモーセの足につけて言った、
「あなたはまことに、わたしにとって血の花婿です」。
Exo 4:25 Then Zipporah took a flint, and cut off the foreskin of her son, and cast it at his feet; and she said, “Surely bridegroom of blood art thou to me.
4:26 そこで、主はモーセをゆるされた。
この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。

神さまがアブラハム契約に基づいてイスラエルの民をエジプトから導き出すということは聖書に記録されている
そして出エジプト記3章4章にいくとモーセが出エジプトのリーダーとして神さまからの召命を受けている
神さまから声がかかった時にユダヤ人たちはどう応答するかというと「ヒネニー」Hineniと言う
「ここに私がいます 送ってください」
“here am I send me.” という言葉
神さまがアブラハムに呼びかけた時にアブラハムは「ヒネニー」 “Hineni, here am I send me.” と答えた
また神さまがヤコブに呼びかけた時にヤコブは「ヒネニーここに私がおります」 “Hineni, here am I send me.” と答えた
また神さまが預言者イザヤに声をかけた時にイザヤは「ここに私がおります、私を遣わしてください」 “Hineni, here am I send me.” と返事している

ところがモーセの場合
神さまはモーセを呼んだ時にモーセは「神さま、ここに私がおります。私ではなくアロンを遣わしてください」 “Hineni, here am I send Aaron.” と言った
神さまはかなり苦労してアブラハム(モーセの間違いだと思う。)を説得して出エジプトのリーダーとして送った

この今言った出エジプト4:24~26にいくと神様がモーセを病気で打つ
モーセがもう動けなくなる
どうして神様はモーセが出エジプトのリーダーになろうとしている時に殺そうとしたのだろうか

モーセの奥さんというのはミデヤン人
ミデヤン人の間には割礼の習慣はなかった
最初の子供が生まれた時にその子には割礼を施したが
2人目の息子が生まれた時にどうも奥さんが嫌がったようで割礼を施さないままで来た
ということは息子にアブラハム契約[に基づけば何日目に割礼施すの? 八日目でしょう。]それをほったらかしにしてあるわけ
神さまがイスラエルの民を[エジプトから]救い出そうとしているベースになっているのはアブラハム契約
そのリーダーであるモーセがアブラハム契約に従っていない
だからアブラハム契約に従っていない者を使って出エジプトをすることはできない

また創世記17章ではもし割礼を授けない者或いは割礼を受けない者がいたらその民から切り離される[つまり滅びてしまう]と書かれてある
創 17:14 割礼を受けない男子、すなわち前の皮を切らない者はわたしの契約を破るゆえ、その人は民のうちから断たれるであろう」。

息子に割礼を施さなかったのでモーセがもう殺されそうになっている
奥さんは慌てて割礼をしていなかった息子(単数ということは弟であろう)に割礼を施してモーセの命を辛うじて救った[というのがこの出エジプト記4]
問題になっている背景のものは何かというとアブラハム契約

もう一回言うがこれは不従順だったから神さまからの罰を受けているわけで
だからといってアブラハム契約が無効になったのではない

 

 

 

(3)

もう一つアブラハム契約は
イスラエルが生存する
Israel’s survival ための土台
となった

 

出エジプト記32:11~14
出 32:11 モーセはその神、主をなだめて言った、
「主よ、大いなる力と強き手をもって、エジプトの国から導き出されたあなたの民にむかって、なぜあなたの怒りが燃えるのでしょうか。
32:12 どうしてエジプトびとに『彼は悪意をもって彼らを導き出し、彼らを山地で殺し、地の面から断ち滅ぼすのだ』と言わせてよいでしょうか。
どうかあなたの激しい怒りをやめ、あなたの民に下そうとされるこの災を思い直し、32:13 あなたのしもべアブラハム、イサク、イスラエルに、あなたが御自身をさして誓い
『わたしは天の星のように、あなたがたの子孫を増し、わたしが約束したこの地を皆あなたがたの子孫に与えて、長くこれを所有させるであろう』
と彼らに仰せられたことを覚えてください」。
32:14 それで、主はその民に下すと言われた災について思い直された。

[出エジプト32章というと]金の仔牛を礼拝したところ
本来はイスラエルの民が全滅してもおかしくなかったがモーセはここで神さまにとりなしの祈りをしている
モーセは何と言っているかというとアブラハム契約をアピールしている
そのアブラハム契約のゆえにイスラエルの民が肉体的には全滅しなかった

 

 列王記第二13:22~23
列王下 13:22 スリヤの王ハザエルはエホアハズの一生の間、イスラエルを悩ましたが、13:23 主はアブラハム、イサク、ヤコブと結ばれた契約のゆえにイスラエルを恵み、これをあわれみ、これを顧みて滅ぼすことを好まず、なおこれをみ前から捨てられなかった。

イスラエルの民は数々の[偶像礼拝と]不従順の罪に陥ったがアブラハム契約のゆえに彼らが滅びることはなかったと記されている

 

 

 

(4)

アブラハム契約は
メシアがもたらす救い
the Messianic redemption の土台
ともなっている

メシアがイスラエルに贖いをもたらすために来られたのも、アブラハム契約のゆえである。

 

ルカ1:54~55
ルカ 1:54 主は、あわれみをお忘れにならず、
その僕イスラエルを助けてくださいました、
1:55 わたしたちの父祖アブラハムとその子孫とを
とこしえにあわれむと約束なさったとおりに」。
(マリアの賛歌の一部)

 

ルカ1:68~73
ルカ 1:68 「主なるイスラエルの神は、ほむべきかな。
神はその民を顧みてこれをあがない、
1:69 わたしたちのために救の角を
僕ダビデの家にお立てになった。
1:70 古くから、聖なる預言者たちの口によってお語りになったように、
1:71 わたしたちを敵から、
またすべてわたしたちを憎む者の手から、救い出すためである。
1:72 こうして、神はわたしたちの父祖たちにあわれみをかけ、
その聖なる契約
1:73 すなわち、父祖アブラハムにお立てになった誓いをおぼえて、
(バプテスマのヨハネの父祭司ザカリヤの賛歌の一部)

 

 

 

 (5)
アブラハム契約というのは
復活 the resurrection
を約束する土台
になっている

 

マタイ22:23~33
マタ 22:23 復活ということはないと主張していたサドカイ人たちが、その日、イエスのもとにきて質問した、
22:24 「先生、モーセはこう言っています、
『もし、ある人が子がなくて死んだなら、その弟は兄の妻をめとって、兄のために子をもうけねばならない』。
22:25 さて、わたしたちのところに七人の兄弟がありました。
長男は妻をめとったが死んでしまい、そして子がなかったので、その妻を弟に残しました。
22:26 次男も三男も、ついに七人とも同じことになりました。
22:27 最後に、その女も死にました。
22:28 すると復活の時には、この女は、七人のうちだれの妻なのでしょうか。
みんながこの女を妻にしたのですが」。
22:29 イエスは答えて言われた、
「あなたがたは聖書も神の力も知らないから、思い違いをしている。
22:30 復活の時には、彼らはめとったり、とついだりすることはない。
彼らは天にいる御使のようなものである。
22:31 また、死人の復活については、神があなたがたに言われた言葉を読んだことがないのか。
22:32 『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』と書いてある。
神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神である」。
22:33 群衆はこれを聞いて、イエスの教に驚いた。

復活を信じないサドカイ人に対して復活はあるとイエスが教えた時も、アブラハム契約に基づいて議論された(マタ22:23~33)。

 

パウロも使徒26:6~8で同じことを語っている。
使徒26:6~8
使 26:6 今わたしは、神がわたしたちの先祖に約束なさった希望をいだいているために、裁判を受けているのであります。
26:7 わたしたちの十二の部族は、夜昼、熱心に神に仕えて、その約束を得ようと望んでいるのです。
王よ、この希望のために、わたしはユダヤ人から訴えられています。
26:8 神が死人をよみがえらせるということが、あなたがたには、どうして信じられないことと思えるのでしょうか。

 

マタイ22章(上述)というのはイエスとサドカイ人との論争
当時はパリサイ人とサドカイ人というのがいた
パリサイ人とサドカイ人は神学的に違う点がありその一つが復活があるかどうかという理解に関して意見が違った
パリサイ人たち: メシアが将来登場した時には死者の復活があると教えていた
サドカイ人たち: 復活はないと教えていた
サドカイ人はいわゆるけったいな質問をしてパリサイ人をやっつけることが多かった

そこでサドカイ人はいつもやっているようにけったいな質問をイエスに投げかけた
こういう話をする
ある夫婦に7人息子が生まれた。
長男が1人の婦人と結婚したが子供が生まれないうちに長男が死んでしまった
でモーセの律法では子供がなく死んだ場合は[お兄さんの名前を残すために]2番目の息子がその人と結婚する
ところが子供を産まないうちに2番目が死に3番目も同じように子供がないうちに死んだ
7人全部子供を残さず死んでしまいそのうち奥さんも死んでしまった
そこで質問だが[イエスさま というわけ]
もし復活があるとしたら復活の日にはこの女は誰の奥さんになるのか 全員結婚したが

もしサドカイ人が私にこの質問をしたとしたら私の答えはイエスさまの答えとは違う
私の場合は警察を呼んでどうして子供が生まれないうちにこんなに7人もこの人と結婚した人がすぐに死んでしまうのか調査してくれと言う
しかしイエスさまはその部分は無視してお答えしている

旧約聖書が明らかに復活を教えている三つの聖句があるがイエスさまはこれは引用してない

 

ダニエル書12:2
ダニ 12:2 また地のちりの中に眠っている者のうち、多くの者は目をさますでしょう。
そのうち永遠の生命にいたる者もあり、また恥と、限りなき恥辱をうける者もあるでしょう。

 

イザヤ書26:19
イザ 26:19 あなたの死者は生き、彼らのなきがらは起きる。
ちりに伏す者よ、さめて喜びうたえ。
あなたの露は光の露であって、それを亡霊の国の上に降らされるからである。

 

ヨブ記19:25~26
ヨブ 19:25 わたしは知る、
わたしをあがなう者は生きておられる、
後の日に彼は必ず地の上に立たれる。
19:26 わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、
わたしは肉を離れて神を見るであろう。

 

この三箇所は明らかに復活を教えているが
イエスさまはこれは引用していない
というのはパリサイ人とサドカイ人の違いはもう一つあった
ヘブル語の聖書は
モーセの律法 the Law
預言書 the Prophets
諸書 もろもろの書  the Writings  という三つの部分に分かれている

[パリサイ人たち: そのどこからでも教理を導き出すために引用していいと考えていた]
サドカイ人たち: 教理を立てる場合はモーセの五書のみであるという考えを持っていた
もちろん預言書やあるいは諸書を通して神学的な理解を深めるための説明には使えるが
教理そのものは律法の書モーセ五書から来なければいけないというのがサドカイ派の立場
サドカイ人たちはモーセ五書のどこを見ても復活についての記録がないので死後の復活を信じていなかった
だからもしパリサイ人相手なら今言ったダニエル書イザヤ書ヨブ記を引用しても大丈夫
しかしサドカイ人には通用しない

そこでイエスさまは何をしているかというと
出エジプト記3:6を引用している
出 3:6 また言われた、
「わたしは、あなたの先祖の神、アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である」。
I am the God of your father, -the God of Abraham, the God of Isaac, and the God of Jacob.
モーセは神を見ることを恐れたので顔を隠した。

そこで神さまは(モーセに)「わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブの神である。」と
ご自分を呼んでいる
このアブラハム イサク ヤコブの神と自分を呼ぶというのは
これはアブラハム契約の神の御名

 

アブラハム契約のどこに死後の復活が約束されている?
14の条項をさっきリストアップしたがそこに復活の約束はなかった

しかし単純な聖書の原則を用いればこれは解明できる
もし神様が或る契約を一人の人にしたとして
その約束が成就する前にその人が死んだ場合
約束が成就するためにはその人を復活させなければ約束が成就したとは言えない
その約束を受け取った人が生きていなければ契約が成就したとは言えない

ヘブル書11章ではアブラハムが息子イサクを捧げた時の話が出てくる
アブラハムは息子イサクを殺しても神は息子を蘇らせると信じていたがどうしてそう信じることができたのか
アブラハムはその時点では自分が信じている神は契約の神であり約束を守る神だということをもう分かっていた
そしてもしイサクを殺したとしてもイサクは必ず蘇る
死んだままだったらイサクに与えられている約束が成就することはないということをアブラハムはもう分かっていた
復活の約束はアブラハム契約から来るというのはそういう意味

 

また神さまは土地に関してもアブラハム イサク ヤコブの子孫に対してではなく
アブラハム イサク ヤコブのこの3人に対しても約束をしているということは
この3人の復活がないとこれは成就しない
ところがこの3人が死んだ時に彼らは土地をどれぐらい持っていたか?
[あのマクペラの]墓地をお金をかなり払って買っただけ
あるいはシェケムの土地を[ヤコブが]かなり払って買っているそれだけ
また幾つか井戸を買ったこともあった
[お墓とシェケムの土地ちょっとと井戸だけ]
だからアブラハム イサク ヤコブを蘇らせて彼らがイスラエルの土地に住むようにしなければ神の約束が成就したことにならない

マタイ8章では世界の各地から様々な民がやって来てアブラハム イサク ヤコブと共に食卓に着く(千年王国で)とイエスさまが約束している
ということはこの族長たち3人も蘇って初めて土地の約束を全部成就した形で見るようになる
もちろんアブラハム イサク ヤコブ以降のイスラエルの民はより広い土地を所有するようになったが
ここで約束している土地全部を所有したことはまだ一度もない

 

 

 

(6)
さらにアブラハム契約は
救いをもたらす
the assurance of salvationための土台になっている

 

これがヘブル6:13~20
ヘブル 6:13 さて、神がアブラハムに対して約束されたとき、さして誓うのに、ご自分よりも上のものがないので、ご自分をさして誓って、
6:14 「わたしは、必ずあなたを祝福し、必ずあなたの子孫をふやす」
と言われた。
6:15 このようにして、アブラハムは忍耐強く待ったので、約束のものを得たのである。
6:16 いったい、人間は自分より上のものをさして誓うのであり、そして、その誓いはすべての反対論を封じる保証となるのである。
6:17 そこで、神は、約束のものを受け継ぐ人々に、ご計画の不変であることを、いっそうはっきり示そうと思われ、誓いによって保証されたのである。
6:18 それは、偽ることのあり得ない神に立てられた二つの不変の事がらによって、前におかれている望みを捕えようとして世をのがれてきたわたしたちが、力強い励ましを受けるためである。
6:19 この望みは、わたしたちにとって、いわば、たましいを安全にし不動にする錨であり、かつ「幕の内」にはいり行かせるものである。
6:20 その幕の内に、イエスは、永遠にメルキゼデクに等しい大祭司として、わたしたちのためにさきがけとなって、はいられたのである。

ヘブル書の著者は、ヘブル6:13~20で、みずからの救いの確証をアブラハム契約から引き出している。

 

 

 

(7)
また
アブラハム契約は
将来起こるイスラエルの回復
Israel’s future final restoration の土台
となっている

 

その聖書箇所はレビ26章
レビ26:40~42
レビ 26:40 しかし、彼らがもし、自分の罪と、先祖たちの罪、すなわち、わたしに反逆し、またわたしに逆らって歩んだことを告白するならば、26:41 たといわたしが彼らに逆らって歩み、彼らを敵の国に引いて行っても、もし彼らの無割礼の心が砕かれ、あまんじて罪の罰を受けるならば、26:42 そのときわたしはヤコブと結んだ契約を思い起し、またイサクと結んだ契約およびアブラハムと結んだ契約を思い起し、またその地を思い起すであろう。

最後に、イスラエルの最終的な民族的回心が起こるのも、アブラハム契約から引き出している。

 

 ガラテヤ3:15~18はアブラハム契約とモーセ契約の違いを対比している
ガラ 3:15 兄弟たちよ。世のならわしを例にとって言おう。
人間の遺言でさえ、いったん作成されたら、これを無効にしたり、これに付け加えたりすることは、だれにもできない。
3:16 さて、約束は、アブラハムと彼の子孫とに対してなされたのである。
それは、多数をさして「子孫たちとに」と言わずに、ひとりをさして「あなたの子孫とに」と言っている。これは、キリストのことである。
3:17 わたしの言う意味は、こうである。
神によってあらかじめ立てられた契約が、四百三十年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。
3:18 もし相続が、律法に基いてなされるとすれば、もはや約束に基いたものではない。
ところが事実、神は約束によって、相続の恵みをアブラハムに賜わったのである。

モーセ契約は一時的なもの
それに対してアブラハム契約は永遠のもの
[永遠のものだということは]
このアブラハム契約という無条件契約は今の時代有効だということ

 

アブラハム契約は~歴史的には、約束の時代(ディスペンセーション)の基でもある。
 

 

 

 

 

f)契約のしるし

The Token of the Covenant

 

アブラハム契約のしるし

 

あのアブラハム契約のしるしは生まれて8日目の割礼
これが契約のしるし a sign of the covenant であり

またユダヤ人であることのしるしユダヤ性のしるし a sign of Jewishness

 

もしそれを怠ったならば肉体的な死を招く
それを書いてあるのが
出エジプト記4:24~26(上述)
出 4:24 さてモーセが途中で宿っている時、主は彼に会って彼を殺そうとされた。
4:25 その時チッポラは火打ち石の小刀を取って、その男の子の前の皮を切り、それをモーセの足につけて言った、
「あなたはまことに、わたしにとって血の花婿です」。
4:26 そこで、主はモーセをゆるされた。
この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。

 

 

 

 

今回の内容は八つの契約レジュメ(8) (9) (10)とかぶります。

 

イスラエル学(4)2026 4/18へ
B.無条件契約 2.土地の
契約 後半

 

 

 

 

このセミナーの内容はこの本の一部とかぶります。
ゼヒお読みください。

アーノルド・フルクテンバウム博士著
中川健一監訳/佐野剛史訳
『イスラエル学-組織神学の失われた環-THE MISSING LINK IN SYSTEMATIC THEOLOGY
(書籍)(電子書籍)
ハーベスト・タイム・ミニストリーズ出版部

 

 

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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