(日当たりが良いと冬でもきれいな花がさきます。 創造主を讃美します。)
第151回目。 1月22日(水)、浜田山会館で実施。 12名参加。
【分かち合いの概要】: 使徒の働きCD#38「割礼を受けた者たちへの弁明」、聖書箇所:使11:1~18、を聞いて分かち合った。
① 教会が誕生する前のペテロは、リーダーであったにも拘わらず、イエス様をいさめたり、3度イエスを知らないと言ったりして情けない人物と感じていたが、コルネリオの件で聖霊に従って即動いたことやエルサレムのユダヤ人信者へあのような弁明をしたと知って見直す思いをした。
② 今日のメッセージの結論のところで、メシアニックジューたちが食事規定を守る自由も守らない自由もあることを学んだ。 私たちは、食物規定を今も守る彼らの霊性を、それだけで判断してはならないことがよくわかった。
③ 彼らが自分たちのことをメシアニックジューと呼ぶのはなぜだろうと思っていたが、教会が異邦人中心となり、その教会から迫害を受けていたからだ、と分かち合いを通して理解できた。 また、少数の残れる者たち(レムナント)が教会以前からずっと存在していたことも分かち合いを通してよくわかった。
④ 今も集っている地域教会は福音的だが、使11:9「神がきよめた物を、きよくないと言ってはならない」という聖句を根拠に「食物規定」は無効となったと言う。 また、ディスペンセーションに否定的で、今もモーセの律法の一部は生きていると言ったりする。 しかし、自分は恵比寿と杉並に集っていて、ディスペンセーションは支持するようになっている。 (スタッフのコメント:正にフォーラム運動の自立が実践できつつあると知り、うれしくなった。)
以上
(なぜこれほどきれいな緑の葉なのでしょう。 ハレルヤ。)