2026年4月の集会のご報告です。
1.「礼拝、聖餐式、証し」: 4月5日(日)、午前、リアルとZoomでイースター礼拝を行なった。 リアルの場所はいつもの浜田山会館が閉館していたので、シャレール荻窪という初めての集会所を使うことになった。 17名参加。 賛美は「イースターの朝には」他でした。 この日は、KN姉とNI姉の二人に証しをしていただいた。 二人がそれぞれどのように主に導かれて救いに至ったか、正直な証しで、聞く側は恵みに満たされた。 礼拝、聖餐式の後、岩﨑にてイースターについてQ&Aメッセージを行なった。 関連する聖句を輪読した後、4つのQを示して分かち合いをする形式で学んだ。 4つのQとは、①福音の3要素は何か再確認する(この中に復活がある)、②Iコリ15:3でパウロは「キリストは聖書に書いてある通りに死なれた」と述べたが、この箇所はどこに書かれているか(イザヤ書53:5~12に書かれている)、③キリストの復活は何のためだったか、④復活が事実だったことを証明するのは何か、という4点。 このうち、③は、復活は福音が有効であるとの信頼性のため、また④は、中川先生が以前メッセージしてくださった通り、Iコリ15:5~9の6つの信者グループの目撃情報で証明されていることを確認し合った。 そしてその後、お弁当をとって昼食をしながら主にある交わりを行なった。 また特別賛美として二人の姉妹にハープオルガンを伴奏していただき、何曲か賛美してお祝いをした。
2.「集会1」: 4月19日(日)、午前、リアルとZoomで開きました。 16名参加。 賛美は「原に若草が」でした。 メッセージは中川先生のコリント人への手紙第一#19、「女のかぶり物」、聖書箇所、Iコリ11:2~16を視聴して分かち合いました。 新潟県南青沼在住のMS兄弟が初参加されたので、最初に自己紹介をし合いました。 この日は常勤の新潟県佐渡在住のYS姉妹も参加され、新潟で何か新しいことが起こされるのではとの期待感を皆で持ち、主に感謝しました。 メッセージはパウロがコリント教会に宛てた「女のかぶり物」についての手紙だったが、内容は非常に深い真理を示したもので、①創造の秩序、②天使たち、③自然の摂理、④教会の習慣、について学ぶことができた。 分かち合いでは、皆がその深い真理について感嘆し合った。 特に「創造の秩序」では、ⓐ男のかしらはキリストである、ⓑ女のかしらは男である、そしてⓒキリストのかしらは父なる神であるということ。 しかし、いずれも上下関係はなく、役割の違いであると教えていただき、聖書の真理の深さを味わった。 そして、今の私たちへの適用として「礼拝は神のご栄光があらわれる」ことが目標であることを分かち合った。 礼拝での女の役割は、頭にかぶり物をつけることによってかしらへの従順を示す、男の役割は頭にかぶり物を着けないことで、かしらへの従順を表現する、そして、天使たちの役割は人間の礼拝に参加し神の栄光があらわされているかを観察していると学び、主を賛美した。
3.「集会2」: 4月25日(土)、午前、Zoomで開きました。 19名参加。 賛美は「罪に満てる世界」でした。 メッセージは木林長老のルカの福音書#47、「御顔をエルサレムに向け」、聖書箇所ルカ9:51~62を聞いて分かち合いました。 イエスは天に上げられる日が近づいて来たころに、御顔をエルサレムに向けて毅然として進んで行かれた。 ルートとしてサマリア経由を選んだが、そのサマリアの人たちはイエスがエルサレムに向けて進んでいたのでサマリアに滞在することを拒否した。 当時、北イスラエルはユダにあるエルサレムではなく、ゲリジム山で礼拝していたからでエルサレムに敵対心があったゆえだったと教えていただいた。 2年前に彼らはイエスを受け入れていたのに拒否するとは、ヤコブとヨハネはカッとなってサマリア人を焼き滅ぼしましょうかとイエスに言ったが、イエスは二人を叱られた。 この二人はその後霊的に成長して全き献身と伝道に励むようになったことを私たちは聖書を通して知っている。 今の私たちもそのように霊的に成長させていただきたいと思った。 また、イエスは「だれでもわたしについて来たいと思うなら、①自分を捨て、②日々自分の十字架を負って、③ついて来なさい」(ルカは9:23)と仰っていました。 9:57~62はそのことの具体的な話であることを学んだ。 今の私たちにもそのまま適用される。 ①「自分を捨て」とは「心地よい生活との決別」であり、②「十字架を負う」とは「日々の速やかな応答」、そして、③「イエスについてゆく」とは「人間関係の分離」と教えていただいた。 分かち合いでは、今の私たちはそのような者になれていないのに、主は救いと恵みを与えてくださっている、とのコメントが出ていた。 木林長老のメッセージに感謝した。
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