2026年1月の集会のご報告です。
1.「集会1」: 1月11日(日)、午前、リアルとZoomで開きました。 18名参加。 賛美は「悩み多き浮き世を」でした。 メッセージは中川先生のコリント人への手紙第一#17、「偶像に献げられた肉(3)ー偶像礼拝の罪ー」、聖書箇所、Iコリ10:1~22、を視聴して分かち合いました。 私たち一人一人にとってこのメッセージは非常に重要だった。 特に、Iコリ10:13は有名な聖句で、証しの時などによく用いられて来たが、ほとんどのケースでは文脈を無視して勝手に解釈していたことがよくわかった。 ここの「経験した試練」とはギリシヤ語でペイラスモスと言い、文脈上では「コリントの信者が経験している誘惑」のことだと教えていただいた。 すなわち、偶像礼拝、不道徳、キリストを試みることや不平不満などの「誘惑」であって、誰もが経験するものだった。 「試練」ではなく「誘惑」と読み替えるとよくわかる。 そして「脱出の道」という言葉についても、ここには定冠詞が付いていて、「自らを誘惑にさらすなら、その脱出の道は閉ざされる」とパウロが指摘していることも学んだ。 この適用として、今の私たちに「耐えられないような誘惑」はないこと、神は誘惑と共にあの「脱出の道」をも備えてくださっており、それこそが、①大祭司イエスに近づくこと、②祈り合える信仰の友を求めること、③誘惑の原因になっている人や状況から離れること、だと教えていただいた。 私たちが定期的に集まってメッセージを聞き、分かち合い、交わっていることが、どれほど重要であるかを思い知って、皆で主に感謝した。
2.「礼拝、聖餐式」: 1月18日(日)、午前、リアルとZoomで行ないました。 18名参加。 賛美は「静かに待てわがたまよ」でした。 メッセージは岩﨑のIペテロ#9、聖書箇所、Iペテロ5:1~14を聞いて分かち合いました。 ペテロが発信し5つのポイントは私たち今に生きるクリスチャンにとって大切な奨励でした。 長老に従うとは、群れの中で分裂を起こさないこと、謙遜であることとは、兄弟姉妹の交わりを大切にすること、神におゆだねするとは、人間的な判断を優先させないこと、目を覚ましてサタンに対抗するとは、クリスチャンの共通の戦いであることを認識すること、そして、苦難に意味があるとは、父なる神が私たちを愛してくださっていることを知ることと、学びました。 感謝。
3.「集会2」: 1月24日(土)、午後、Zoomで開きました。 18名参加。 賛美は「わがため十字架の」でした。 メッセージは、使徒の働き#100(最終回)、を視聴して分かち合いました。 旧約の預言者たちは一つ目の山だけを見て預言した。 その山の先はメシア的王国であったが、その先にもう一つの山があった。 二つ目の山はメシアの再臨であり、彼らにはその間のことは見えなかった。 パウロは、その間のことについて啓示を受けて、奥義として聖書に書き記してくれた、というメッセージだった。 非常に重い真理のメッセージだった。 また、ハーベストタイムで作成いただいた「パウロ書簡チャート」を横に置いてメッセージを聞きましたが、テーマごとにパウロ書簡を読むことによって正しい理解ができることを教えていただきました。 例えば、「奥義としての教会論」はエペソ書、「牧会書簡」ならテモテ第一、「聖書的キリスト論」はコロサイ書、など、日常の信仰生活で非常に役に立つチャートだと、感謝しました。
4.「集会3」: 1月31日(土)、午前、Zoomで開きました。 20名参加。 賛美は「しずかに神と」でした。 ルカの福音書#43、「栄光の姿への変貌」、聖書箇所、ルカ9:28~36、を聞いて分かち合った。 ルカ9:31に、イエスが栄光のうちに現れ、モーセとエリヤと、エルサレムで遂げようとしておられる最期について話した、と出て来るが、この最期という言葉の原文は「エクソダス(出エジプト)」であると教えていただき、十字架が私たち罪の奴隷からの解放、すなわち、霊的出エジプトを意味すると知りました。 そして、栄光のイエスの意味が、①この地に現れたイエスの栄光であり、②メシア的王国を治めるイエスの力、また、③メシア的王国に入れるという保証、④再臨への確証、更に、⑤携挙への希望、を示すと教えていただき、皆で主を賛美しました。
以上









