3月10日(土)実施。 16名参加。
【分かち合いのご報告】: 「使徒の働きCD#1」を聞いて分かち合った。
① 使徒の働きをルカが後編の「復活のイエスの働き」として30年間の主の教会の歴史資料として残してくれたことに感謝した。 最初の30年は基礎作り、次の30年は種まき、そして、次の30年間は刈り取りということだった。 使徒の働きという書が、前篇のルカの福音書である「イエスの地上での働き」を書いたものであることに対し、これは後半の書で「天に昇られた復活のイエスが聖霊と教会と使徒たちを通しての働かれた内容」の書であることを教えてもらい、この書に対する姿勢がまったく新しく整えられた。 これからのメッセージがとても楽しみだ。
② ディアスポラのユダヤ人とはいつ頃始まったのだろうか。 ステパノの死以後なのか、バビロン捕囚以後か、それとも出エジプト以後か、あまりにもいろいろな意見が出たので中川先生に伺って確かめることになった。
③ 歴史的に起こったことを普遍的にしてはならないということは今日のメッセージでよく理解できた。 聖書をよく理解していないとおかしな教理の教会が多いので注意が必要だ。
④ 新約聖書がなぜギリシヤ語だったのか知りたい。
⑤ 30年ごとの自分の信仰生活を振り返ると60歳を過ぎた今の三番目の30年というのは「刈り取りの時」だ。 それぞれの信仰生活を振り返ると、既に「基礎作り」を終え、「伝道のための生活」を送り、今は「刈り取り」の時だと教えられた。 刈り取りとは喜びの時であり、信者同士分かち合いの時でもある。 喜んでこの時を過ごしたい。
以上
【特記事項】: このフォーラムの翌々日の恵比寿定例会で、上記②と④の質問について中川先生にお聞きした。
②の答え: AD70年のエルサレム陥落以前からディアスポラのユダヤ人がいたという認識はあった。 さかのぼれば、バビロン捕囚からと言っても良いと思う。
④の答え: 新約の当時はローマの支配だったがラテン語は世界言語にはなっておらず、ギリシヤ語が当時の世界言語であった。 新約聖書は世界に伝えるためにギリシヤ語で書かれた。 これらは次回の杉並聖書フォーラムで皆さんに報告します。
以上