さっぽろ聖書フォーラム

コリント人への手紙 第一

2015.09.14

カテゴリー:コラム

6月7日、メッセージに先立ち、お二人の姉妹による「琴」の演奏。
6月17日から、南三陸〜気仙沼にかけて、被災地応援コンサートにお出かけになるお二人。
被災地に高らかに琴の音色が届きますようにと祈りつつ、一同聞き入ります。

続いて、木林先生によるメッセージ。本日より、第一コリントに入ります。
まずは、「使徒の働き」2章から18章までを概観。
この間30分弱、一気に駆け抜けます。
手紙を読むときには、差出人と宛先を確認することが肝要。
つまり、その時のパウロの状況、心境、手紙の必要性などを確認しておこうというわけです。
そして、その流れの一つ一つにユニークな説得力のあるコメントが付きます。
特に、サウロはステファノの石打ち刑の執行人の服の番をしていた→「…証人たちは、自分たちの着物をサウロという青年の足もとに置いた」(使徒7:58)という件の解説にはうならされます。
今まで不可解だった聖書箇所への疑問がスッキリと解決する思いです。

続いて、コリント教会の状況。
堕落・不道徳といったコリントの町の状況が列挙されます。
こうして、手紙の差出人と受取人の状況の確認を終えるのに、時間は1時間をはるかにオーバー。

新約時代に生きる我々は、書簡からしっかりとその姿勢を学ぶべきというのが、先生の口癖。
今後は、コリントの教会に起こっていた様々な問題を、パウロがどう理解し、解決に向かわせようとしていくのかを見ていきます。
まさに現代的な学びになるはずです。

「非ユダヤ人である我々日本人が、正確な字義通りの聖書解釈をするのに限界があるのではないのか」という思いが脳裏をよぎることがあります。
しかし、今日のメッセージを聴く限り、そのような不安はすべて払拭されます。
なぜなら、それが「聖書」という素晴らしい本の持つ力なのでしょう。
全く「聖書」とは、不思議なパワーを持つ本であるという思いを強くします。

(水木 記)

さっぽろ聖書フォーラム

代表:木林 正弘

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