2020年1月5日(日)は、コロサイ3章1-11節から「新しいいのちによる新しい生き方」と題して、学びました。
Ⅰ、天にあるものを思う(1-4節)
クリスチャンは、キリストとともによみがえらされたのだから、地上のものばかりに目を留めるのではなく、天にあるものを求め続け、思い続けるようにと勧められています。天の権威ある座に就いておられるキリストに目を留め続けることが大切であると教えられています。
また、私たちの新しいいのちは、キリストとともに、神のうちに隠されていると記されています。これは、将来、私たちがどのように栄光に富んだ姿に変えられるかが今は隠されているという意味と、世の人々から見て、私たちの言動が理解できないという意味があると考えました。キリストが現れる時には、私たちがどのように栄光に富んだ姿に変えられるかが明らかになり、また、世の人々も、私たちの言動の理由を理解するようになるということを学びました。
Ⅱ、新しい人を着る(5-11節)
私たちはキリストにあってすでに死んだ者であると書かれていますが、5節では、地上のからだの諸部分を殺してしまいなさいと言われています。クリスチャンに与えられている立場と状態の違いについて考えました。
パウロは、私たちが捨て去るべきもののリストを挙げています。「古い人」に属する様々な形の情欲や憎しみについて、一つ一つ取り上げました。私たちは、このような古い人を脱ぎ捨て、新しい人を着た者であり、神のみこころは、この新しい人が日々新しくされ、真の知識に至ることであることを覚えました。この新しい創造は、国籍、宗教、文化、社会的地位の区別なく、キリストが全てであり、全ての者の中におられるという真理を覚えました。
※まとめとして、私たちが目を留めるものによって、私たちの生き方が変わってくるのだから、この世のものばかりではなく、天にあるものに心を向け続けて生活することの大切さを確認しました。そうすることによって、私たちの状態が、私たちに与えられている立場に近づいて行くことも覚えました。