練馬桜台聖書フォーラム

メシア預言レジュメ(13)2025年 12/27

2026.01.02

カテゴリー:お知らせ, メシア預言, 学び

旧約聖書におけるメシア預言
レジュメ
(13
)2025年12/27

 

受難のしもべの解説つづき

 

2007年フルクテンバウム博士セミナー

旧約聖書におけるメシア預言
THE MESSIAH OF THE OLD TESTAMENT
By Dr. Arnold Fruchtenbaum

(テキスト)

ご購入はこちらからCD)(テキスト

 

レジュメもくじ

前回のレジュメ

 

フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。

以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
セミナーでは新改訳3を使用しています

(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j

「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
ヘブル語時制はJ-ばいぶるHEBREWより
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version  ASV)
マロン色の文章
アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー』p.72~の抜粋補足説明です。
マゼンタ色の文章はDr. Arnold G. Fruchtenbaum ARIEL聖書注解シリーズ イザヤ書 The Book of Isaiah
私家訳版 イザヤ書 第11章 4.【主】のしもべの死、埋葬、復活ほかからの補足説明です

 

興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。

 

紙の聖書「新改訳2017」こちらをどうぞ

 

旧約聖書におけるメシア預言

イントロダクション
Ⅰ.律法
A.「女の子孫」
B.「アブラハムの子孫」
C.「ユダの子孫」
D.「バラムの預言」
E.「モーセのような預言者」
F.律法のまとめ
Ⅱ.預言書 
A.イザヤ書7:1~21 処女から生まれる
1.ダビデの家に対する脅威 イザヤ7:1~2
2.アハズ王へのメッセージ イザヤ7:3~9
3.解放のしるし イザヤ7:10~17

a.しるしの提供 7:10~11
b.しるしの拒否 7:12
c.ダビデの家に対するしるし 7:13~14
ヘブル語の「アルマー(乙女)」
d.アハズに対するしるし 7:15~17
4.アッシリヤの侵攻 イザヤ7:18~21
結論
B.イザヤ52:13~53:12 受難の僕
ユダヤ教の見解
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3
イザヤ52章~53章のまとめ
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3
3.まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。
53:4~6
4.彼は痛めつけられた。彼は苦しんだが、口を開かない。
53:7~9

 

   

Ⅱ.預言書 

 

 


B.
イザヤ書
52:13∼53:12
受難の僕

 

預言的背景について2点
①イザヤ書52;13~53:12には
しもべの十字架刑、埋葬、復活に関する預言が含まれている。
②この章句の実際の預言的背景は患難期である。
このように考える理由は、イザヤ書53:1~9が
メシアの再臨直前のイスラエルの国家的な罪の告白を説明していて
患難期の終わりに関する詳細な預言になっているからである。

イスラエルは「祝福あれ、主の御名によって来られる方に」(マタイ23:37~39)と叫び
この言葉によってメシアの再臨が実現するのである。

 

 

セミナーテキスト11(13/15)ページ

 

3.まことに、彼は私たちの病を負い、

私たちの痛みをになった。

53:4~6

イザ 53:4 まことに彼はわれわれの病を負い、
われわれの悲しみをになった。
しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ、苦しめられたのだと。
53:5 しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ、
われわれの不義のために砕かれたのだ。
彼はみずから懲らしめをうけて、
われわれに平安を与え、
その打たれた傷によって、
われわれはいやされたのだ。
53:6 われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。
主はわれわれすべての者の不義を、
彼の上におかれた。

 

 

 

4節
罪人の身代わりとなって苦しむ受難のしもべ

イザ 53:4a まことに彼はわれわれの病を負い(ヘブル語で負うはナサ)
われわれの悲しみをになった。

Isa 53:4 Surely he has borne our griefs, and carried our sorrows;

ここで単数の代名詞と複数の代名詞がともに使われていることに注目しよう
彼は:単数形
われわれの 私たちの:複数形
私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。(新改訳3)
メシアの受難はイスラエルの罪の身代わりになるためである

私たちの病 われわれの病 
私たちの痛み われわれの悲しみ 

これはともに霊的な病であり霊的な痛み

病を負い
「負う」という言葉は贖いのいけにえの動物がイスラエルの罪をその肩に負っている
背に負っているのと同じ言葉 持ち上げる 運ぶ 持って行くという意味
レビ記16:22で贖罪の日にイスラエルの民の罪をその背に負う身代わりのやぎの話が出てくる
レビ 16:22 こうしてやぎは彼らのもろもろの悪をになって、人里離れた地に行くであろう。
すなわち、そのやぎを荒野に送らなければならない。
彼らのすべての咎をその上に負っ(新改訳3)

そのやぎが罪を負う時の動詞が4節で使われている

 

イザ 53:4bc しかるに、われわれは思った、
彼は打たれ、神にたたかれ
(ナガ)、苦しめられたのだと。
yet we did esteem him stricken, smitten by God, and afflicted.

打たれ(新改訳3) たたかれ
非常に激しく打たれそして病によって打たれという意味がある
時には重い皮膚病で打たれることに使われる動詞
もちろんメシアの場合は霊的に激しい病によって打たれたという意味になる
メシアが苦しみにあっている姿は
神がメシアを罰しているんだとイスラエルは理解した

ラビたちはまたこのイエスのことをハポシェと言う
ハポシェ:罪を犯した者という意味
マイモニデス ラビはイエスが死んだのは彼が犯した罪に値するような死であったとさえ言っている

イザヤ書1章のテーマが展開されている
イザ 1:5b その頭はことごとく病み、その心は全く弱りはてている。
イザ 1:6b 足のうらから頭まで、完全なところがなく、傷と打ち傷と生傷ばかりだ。
イスラエルが持っていた霊的な病 痛みをメシアが全部負って死んでくださるというのはこの53:4

 

マタイ8:17でこの聖句の適用が書かれてある
マタ 8:17 これは、預言者イザヤによって
「彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた」
と言われた言葉が成就するためである。

 

53:4のまとめ

実はイスラエルの民はメシアが苦しんだのはその彼自身の罪の故だと思っていたのだがついに自分たちの罪の身代わりとして苦しんでくださったんだと理解するようになったということ

自分自身の為に苦しんでいたと思ったのに実はそうではなく
自分たち(イスラエル)の罪の身代わりとなったんだと
イスラエルはついに理解するようになった

かつてしもべをあざけった国が、しもべは自分たちの身代わりとなって苦しまれたということを認めるようになる。
しもべはその罪のために苦しみを受けたと考えていたイスラエルが、実は自分たちの罪のゆえに苦しまれたのだと気づくのである。

 

 

 

5節
身代わりの死
ということが書かれてある

イザ 53:5a しかし彼はわれわれのとがのために傷つけられ(ハラル)
われわれの不義のために砕かれた
(ダカ)のだ。
53:5 But he was wounded for our transgressions, he was bruised for our iniquities;
イザ 53:5a しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。(新改訳3)

ここでもまた代名詞が2種類出てくる
彼は:単数形
私たちの われわれの:複数形
刺し通され(新改訳3) 傷つけられ:ヘブル語では常に激しい取り扱いを受けて殺されたという意味
彼は メシアは私たちのそむきの罪のために激しい苦しみを与えられて殺された
また私たちの咎のために砕かれた。(新改訳3)

 

53:5b 彼はみずから懲らしめをうけて、
われわれに平安
(シャローム)を与え、
The chastisement for our peace was upon him;

彼への懲らしめが私たちに平安をもたらした。(新改訳3)
メシアが私たちのために苦しんでくださったがゆえ、
今や私たちは神と平和を持てるような関係になった

 

53:c その打たれた傷(ハヴラー)によって、
われわれはいやされたのだ。
and with his stripes we are healed.

彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。(新改訳3)
この文脈でいやされたというのは霊的な病のこと傷のことであり
その癒しは直ちに信じた瞬間に与えられるもの

 

53:5の要約

イスラエルの民がメシアを受け入れた時にイスラエルの民の病と傷とは直ちに癒され
彼らは神と平安を持つようになった
なぜならメシアの苦しみはイスラエルの民の罪の身代わりの死であったということ

イスラエルは、身代わりの死によって和解と霊的いやしが起こったことを認める。
しもべが、罪のために懲らしめを受けてくださったからである。

 

 

 

6節
イスラエルの霊的な状態
を表現している

イザ 53:6 われわれはみな羊のように迷って、
おのおの自分の道に向かって行った。

主はわれわれすべての者の不義を、
彼の上におかれた。

Isa  53:6 All we like sheep have gone astray; we have turned every one to his own way; and Jehovah hath laid on him the iniquity of us all.

私たち:複数形
:単数形

53:6b しかし、【主】は、私たちのすべてのを彼に負わせた。(新改訳3)

メシアに負わせた。
これはメシアの受難が必要なものであったことを教えている

咎というのは3つの内容を含んでいる
それをすべてメシアは負ってくださった

①神に反抗した罪そのもの
②その結果やってくる罪責の思い
③それに伴う神の罰

メシアは私たちの咎つまり
第一番目に神に反抗した罪を取り去り
第二番目に罪責感を取り去り
第三番目にその罪に対する裁きを取り去ってくださった

これが咎という言葉の中に表されているすべての三つの要因

 

 

新約聖書では第一ペテロ2:21~25
一ペテ 2:21 あなたがたは、実に、そうするようにと召されたのである。
キリストも、あなたがたのために苦しみを受け、御足の跡を踏み従うようにと、模範を残されたのである。
2:22 キリストは罪を犯さず、その口には偽りがなかった。
2:23 ののしられても、ののしりかえさず、苦しめられても、おびやかすことをせず、正しいさばきをするかたに、いっさいをゆだねておられた。
2:24 さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。
その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。
2:25 あなたがたは、羊のようにさ迷っていたが、今は、たましいの牧者であり監督であるかたのもとに、たち帰ったのである。

 

53:6の要約

自分勝手な道に向かったのはイスラエルの民
しかし【主】ヤハウェはそのイスラエルの全ての咎をメシアに負わせたがゆえにメシアが苦しまねばならなかった

イスラエルは、罪を犯して迷い出たのは自分の方であり、神はその罪をしもべに負わせたこと、そのためにしもべが苦しみを受けたことを認める。

 

 

 

4.彼は痛めつけられた。

彼は苦しんだが、口を開かない。
53:7~9

 

イザ 53:7 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、
口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く小羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。
53:8 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。
53:9 彼は暴虐を行わず、
その口には偽りがなかったけれども、
その墓は悪しき者と共に設けられ、
その塚は悪をなす者と共にあった。

イザ 53:9 彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。
彼は不法を働かず、その口に欺きはなかったが。(新改訳2017)

 

 

7節
主のしもべが沈黙している様子
が描かれている

これは、イエスがユダヤ人の裁判とローマ人の裁判の両方で示した態度と一致する。

 

イザ 53:7 彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、
口を開かなかった。
ほふり場にひかれて行く小羊のように、
また毛を切る者の前に黙っている羊のように、
口を開かなかった。
Isa 53:7 He was oppressed, yet when he was afflicted to he opened not his mouth; as a lamb that is led to the slaughter, and as a sheep that before its shearers is dumb, so he opened not his mouth.

 

この53:7が成就した新約聖書の聖句がテキストに書かれてある
その成就は4つの福音書すべてで言及されている。

 

マタイ26:63(マタ26:62~)
マタ 26:62 すると、大祭司が立ち上がってイエスに言った、
「何も答えないのか。
これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか」。
26:63 しかし、イエスは黙っておられた。
そこで大祭司は言った、
「あなたは神の子キリストなのかどうか、生ける神に誓ってわれわれに答えよ」。

 

マタイ27:12~14
マタ 27:12 しかし、祭司長、長老たちが訴えている間、イエスはひと言もお答えにならなかった。
27:13 するとピラトは言った、
「あんなにまで次々に、あなたに不利な証言を立てているのが、あなたには聞えないのか」。

27:14 しかし、総督が非常に不思議に思ったほどに、イエスは何を言われても、ひと言もお答えにならなかった。

 

マルコ14:60~61,15:3~5
マル 14:60
そこで大祭司が立ちあがって、まん中に進み、イエスに聞きただして言った、
「何も答えないのか。
これらの人々があなたに対して不利な証言を申し立てているが、どうなのか」。

14:61 しかし、イエスは黙っていて、何もお答えにならなかった。
大祭司は再び聞きただして言った、
「あなたは、ほむべき者の子、キリストであるか」。

 

マル 15:3 そこで祭司長たちは、イエスのことをいろいろと訴えた。
15:4 ピラトはもう一度イエスに尋ねた、
「何も答えないのか。
見よ、あなたに対してあんなにまで次々に訴えているではないか」。
15:5 しかし、イエスはピラトが不思議に思うほどに、もう何もお答えにならなかった。

 

ルカ23:9(8~)
ルカ 23:8 ヘロデはイエスを見て非常に喜んだ。
それは、かねてイエスのことを聞いていたので、会って見たいと長いあいだ思っていたし、またイエスが何か奇跡を行うのを見たいと望んでいたからである。
23:9 それで、いろいろと質問を試みたが、イエスは何もお答えにならなかった。

ヨハネ19:9~10
ヨハ 19:9 もう一度官邸にはいってイエスに言った、
「あなたは、もともと、どこからきたのか」。
しかし、イエスはなんの答もなさらなかった。
19:10 そこでピラトは言った、
「何も答えないのか。
わたしには、あなたを許す権威があり、また十字架につける権威があることを、知らないのか」。

 

使徒8:32も参考に 7節が引用されている。
使 8:32 彼が読んでいた聖書の箇所は、これであった、
「彼は、ほふり場に引かれて行く羊のように、
また、黙々として、
毛を刈る者の前に立つ小羊のように、
口を開かない。

 

 

53:7の要約

主のしもべは理由なくまた不当に 自分の罪ではなく他人の罪の為に苦しめられたけれども自己弁護をするような言葉を吐くことはなく沈黙を保たれた

しもべはへりくだって、苦しみと不正な扱いを甘受した。
そして、みずからを弁護する言葉や不満を一切口にしなかった。

 

 

 

8節

裁判とメシアの死を表している

 

53:8 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。
Isa 53:8 By oppression and judgment he was taken away; and as for his generation, who among them considered that he was cut off out of the land of the living for the transgression of my people to whom the stroke was due?

 

53:8a しいたげ(オツエル)と、さばき(ミシュバト)によって、彼は取り去られた。(新改訳3)
牢獄から裁判の場に引き出されそこから彼は取り去られた
つまり彼は法廷に引き出されて裁判にあって裁かれたという意味

 

53:8b彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。
ここではメシアであるイエスを拒否したその時代のユダヤ人たちに焦点があっている
これはマタイの福音書が特に強調している内容

マタイの文書12章13章は特にあの世代のユダヤ人たちがメシアをどのように拒否したかを記録してある部分
この失敗がすでにイザヤによって預言されていたことを示している。

 

生ける者の地から絶たれたという言葉がある
絶たれた:これはもちろん死ぬことだが
法律で裁かれて死刑にあったという意味を持っている

 

53:8c彼がわたしの民のそむき(ペシャ)の罪のために打たれ、
イザヤの文脈の中では
わたしの民という言葉はイスラエル民族だけを指す言葉

ここでわたしの民と言われているつまりイスラエルと主のしもべとは
はっきりと分けられている

 

53:8b彼の時代の者で、だれが思ったことだろう。
そのさばきはイスラエルの上にくだるべきものだったが
身代わりによって主のしもべにその裁きがくだった

 

使徒の働き8:32にこの節が引用されている
使 8:32 彼が読んでいた聖書の箇所は、これであった、
「彼は、ほふり場に引かれて行く羊のように、
また、黙々として、
毛を刈る者の前に立つ小羊のように、
口を開かない。

 

 

53:8の要約

裁判を受けたのち主のしもべは死刑の執行を受けた

このメシアはイスラエルの民のために苦しんでいたのだが
誰もそれをそのようには理解していなかった

裁判の後にしもべは取り去られ、処刑される。
しかしイスラエルは、しもべがイスラエルの民の罪のために死んだことに気づかなかった。

 

 

第一コリント15:1~4(これはセミナーテキストに載ってない聖句)
一コリ 15:1 兄弟たちよ。わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。
15:2 もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。
15:3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、
わたしたちの罪のために死んだこと、
15:4 そして葬られたこと、聖書に書いてあるとおり、
三日目によみがえったこと、

パウロは何を信じたら救われるかつまり福音の内容が何であるかを書いている
パウロは3つのことを信じなくてはいけないと言っているが
その一番目がメシアはわたしたちの罪のために死んだということを
信じなければいけない

53:8を見ているがそれが第一番目のポイント
53:8 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。

 

ここで、聖書全体で初めてメシアが死ぬということが明言された。
これまでにも、メシアが苦しみを受けるとは何度も言われていたが、死ぬとは言われていなかった。

メシア預言は漸進的(ぜんしんてき)啓示であると覚えておくことが大切である。

 

 

 

9節

これはメシアが埋葬されるという内容

 

イザ53:9 彼は暴虐を行わず、
その口には偽りがなかったけれども、
その墓は悪しき者と共に設けられ、
その塚は悪をなす者と共にあった。

sa 53:9 And they made His grave with the wicked-But with the rich at His death,Because He had done no violence,Nor was any deceit in His mouth.
イザ 53:9 彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。
彼は暴虐を行わず、その口に欺きはなかったが。(新改訳3)
イザ 53:9 彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。

彼は不法を働かず、その口に欺きはなかったが。(新改訳2017)

彼の墓は悪者どもとともに設けられ、と書かれてある
もちろん当時は犯罪人として死刑執行を受けたならば犯罪人の墓に葬られる
ところがメシアの場合は犯罪人の墓ではなく裕福な人の墓に葬られる

つまり神様の義のゆえに悪者が葬られる一般の公の墓ではなく
富む者がつくったまだ誰も葬られていない墓にメシアは葬られた

なぜそうなのかというと二つ理由がある
①メシアが暴虐を行わなかった、
②その口に欺きはなかったという理由
つまり外側に出る罪もまた心に抱く罪もなかったということ

 

マタイ福音書27:57~60にこの預言の成就がある
マタ 27:57 夕方になってから、アリマタヤの金持で、ヨセフという名の人がきた。
彼もまたイエスの弟子であった。
27:58 この人がピラトの所へ行って、イエスのからだの引取りかたを願った。
そこで、ピラトはそれを渡すように命じた。

27:59 ヨセフは死体を受け取って、きれいな亜麻布に包み、27:60 岩を掘って造った彼の新しい墓に納め、そして墓の入口に大きい石をころがしておいて、帰った。

あるいはマルコの福音書15:42~46
マル 15:42 さて、すでに夕がたになったが、その日は準備の日、すなわち安息日の前日であったので、15:43 アリマタヤのヨセフが大胆にもピラトの所へ行き、イエスのからだの引取りかたを願った。
彼は地位の高い議員であって、彼自身、神の国を待ち望んでいる人であった。
15:44 ピラトは、イエスがもはや死んでしまったのかと不審に思い、百卒長を呼んで、もう死んだのかと尋ねた。
15:45 そして、百卒長から確かめた上、死体をヨセフに渡した。
15:46 そこで、ヨセフは亜麻布を買い求め、イエスをとりおろして、その亜麻布に包み、岩を掘って造った墓に納め、墓の入口に石をころがしておいた。

 

それからルカ23:50~54
ルカ 23:50
ここに、ヨセフという議員がいたが、善良で正しい人であった。
23:51 この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を待ち望んでいた。彼は議会の議決や行動には賛成していなかった。
23:52 この人がピラトのところへ行って、イエスのからだの引取り方を願い出て、23:53 それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。
23:54 この日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。

 

ヨハネ19:38~42
ヨハ 19:38 そののち、ユダヤ人をはばかって、ひそかにイエスの弟子となったアリマタヤのヨセフという人が、イエスの死体を取りおろしたいと、ピラトに願い出た。
ピラトはそれを許したので、彼はイエスの死体を取りおろしに行った。
19:39 また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。

19:40 彼らは、イエスの死体を取りおろし、ユダヤ人の埋葬の習慣にしたがって、香料を入れて亜麻布で巻いた。
19:41 イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。
19:42 その日はユダヤ人の準備の日であったので、その墓が近くにあったため、イエスをそこに納めた。

9節の成就がある

 

 

53:9の要約

メシアは悪者悪人が葬られる墓ではなく神の正義の故に富む者の墓に葬られた

しもべは犯罪者の墓があてがわれたが、神の正義が成り、その代わりに富む人の墓に葬られた。

 

第一コリント15章で福音の内容を言った
第一番目が十字架に葬られたということ
第二のポイントはこの9節にある
それは墓に葬られたということ
それは彼の死の本当の証拠であった。

 

 

イスラエルの国家的告白は9節で終わる。
次は1~9節の意味を説明する受難のしもべの神学である。

 

 

 

 

 

メシア預言(14)2026年1/17
Ⅱ.預言書 B.イザヤ書52:13~53:12 受難の僕

 

 

 

アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳
メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー

ハーベスト・タイム・lミニストリーズ出版部

今回のセミナーの内容はこの本のp.72~
そちらもゼヒお読みください。

 

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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