練馬桜台聖書フォーラム

メシア預言レジュメ(14)2026年 1/17

2026.01.25

カテゴリー:お知らせ, メシア預言, 学び

旧約聖書におけるメシア預言
レジュメ
(14
)2026年1/17

 

受難のしもべの神学
福音の三要素の3番目がイザヤ53:10にでてくる

 

2007年フルクテンバウム博士セミナー

旧約聖書におけるメシア預言
THE MESSIAH OF THE OLD TESTAMENT
By Dr. Arnold Fruchtenbaum

(テキスト)

ご購入はこちらからCD)(テキスト

 

レジュメもくじ

前回のレジュメ

 

フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。

以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
セミナーでは新改訳3を使用しています

(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j

「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
ヘブル語時制はJ-ばいぶるHEBREWより
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version  ASV)
マロン色の文章
アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー』p.75~79、p.195~206付録「なぜメシアは死ぬ必要があったのか」からの抜粋補足説明です。
マゼンタ色の文章はDr. Arnold G. Fruchtenbaum ARIEL聖書注解シリーズ イザヤ書 The Book of Isaiah
私家訳版 イザヤ書 第11章 4.【主】のしもべの死、埋葬、復活ほかからの補足説明です

 

興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。

 

紙の聖書「新改訳2017」こちらをどうぞ

 

旧約聖書におけるメシア預言

イントロダクション
Ⅰ.律法
A.「女の子孫」
B.「アブラハムの子孫」
C.「ユダの子孫」
D.「バラムの預言」
E.「モーセのような預言者」
F.律法のまとめ
Ⅱ.預言書 
A.イザヤ書7:1~21 処女から生まれる
1.ダビデの家に対する脅威 イザヤ7:1~2
2.アハズ王へのメッセージ イザヤ7:3~9
3.解放のしるし イザヤ7:10~17

a.しるしの提供 7:10~11
b.しるしの拒否 7:12
c.ダビデの家に対するしるし 7:13~14
ヘブル語の「アルマー(乙女)」
d.アハズに対するしるし 7:15~17
4.アッシリヤの侵攻 イザヤ7:18~21
結論
B.イザヤ52:13~53:12 受難の僕
ユダヤ教の見解
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3
イザヤ52章~53章のまとめ
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3
3.まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。
53:4~6
4.彼は痛めつけられた。
彼は苦しんだが、口を開かない。
53:7~9
5.しかし、彼を砕いて、痛めることは【主】のみこころであった。
53:10~12

 

 

   

Ⅱ.預言書 

 

 


B.
イザヤ書
52:13∼53:12
受難の僕

 

セミナーテキスト11(13/15)ページ

 

いよいよ最後の区分けにやってきた

5.しかし、彼を砕いて、
痛めることは【主】のみこころであった。
53:10~12

 

この箇所で受難のしもべがなぜ苦しんだのかという神学的説明が書かれてある

イザ 53:10 しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、
主は彼を悩まされた。
彼が自分を、とがの供え物となすとき、
その子孫を見ることができ、
その命をながくすることができる。
かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。
義なるわがしもべはその知識によって、
多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。
53:12 それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に
物を分かち取らせる。
彼は強い者と共に獲物を分かち取る。
これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、
とがある者と共に数えられたからである。
しかも彼は多くの人の罪を負い、
とがある者のためにとりなしをした。

 

 

 

10節

罪のためのいけにえであったという説明がなされる

 

イザ 53:10a  しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、
主は彼を悩まされた。

Isa  53:10 Yet it pleased Jehovah to bruise him; he has put him to grief:
イザ 53:10a しかし、彼を砕いて痛めることは
【主】のみこころであった。(新改訳3)

砕いて(新改訳3)非常に強い表現だが
それはヤハウェのみこころであった
メシアが苦しみ死ぬことは【主】のみこころ
ヤハウェのみこころであった

痛める(新改訳3) 悩まされた(口語訳)
病を負わせる(新改訳2017)
これはイスラエルに関してかつて語られていた
言葉と同じ
イスラエルを病気にする或いは
イスラエルに痛みを与えるという言葉
これはまた霊的な苦しみ霊的な痛みであると
この箇所からも明らか
イエスが人類のために死んだ時にそれは肉体的な病気のために死んだのではなく霊的な病気
霊的な痛みのために身代わりの死を遂げてくださった

 

 

イザ 53:10b 彼が自分を、とがの供え物となすとき、
その子孫を見ることができ、
その命をながくすることができる。
かつ主のみ旨が彼の手によって栄える。
when thou shalt make his soul an offering for sin, he shall see his seed, he shall prolong his days, and the pleasure of Jehovah shall prosper in his hand.
イザ 53:10b もし彼が、自分のいのちを
罪過のためのいけにえとするなら、
彼は末長く、子孫を見ることができ、
【主】のみこころは彼によって成し遂げられる。
(新改訳3)

 

彼が自分を、とがの供え物となすとき、
もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、(新改訳3)

これは罪のいけにえではなく
「罪過のためのいけにえ」と呼ばれるタイプのいけにえ
罪のためのいけにえ:個々の罪のこと
意図的に犯した罪
罪過のためのいけにえ a trespass offering
意図的であれ意図的でなけれあらゆる種類の罪のためのいけにえ
(参照聖句は最後に載せました)
つまりメシアであるイエスは
私たちが犯す意図的罪また意図しない罪
全てをあがなってくださったということになる
それこそまさにメシアの死の目的

 

 

その子孫を見ることができ、その命をながくすることができる。
彼は末長く、子孫を見ることができ、(新改訳3)

その子孫というのはメシアを信じることによって霊的な生まれ変わりを体験した信者の人たちのことを言っている

さあここで質問が出てくる
イザ 53:8 彼は暴虐なさばきによって取り去られた。
その代の人のうち、だれが思ったであろうか、
彼はわが民のとがのために打たれて、
生けるものの地から断たれたのだと。(新改訳3)
8節:メシアは殺され

イザ 53:9 彼は暴虐を行わず、
その口には偽りがなかったけれども、
その墓は悪しき者と共に設けられ、
その塚は悪をなす者と共にあった。
53:9a 彼の墓は悪者どもとともに設けられ、彼は富む者とともに葬られた。(新改訳3)
9節:メシアは葬られた

死んで葬られたのになぜ子孫を見ることができるのだろうか

復活をしなければ子孫を見ることができない
だから復活したということがここからわかる

 

あの第一コリント15:1~4 
一コリ 15:1 兄弟たちよ。
わたしが以前あなたがたに伝えた福音、あなたがたが受けいれ、それによって立ってきたあの福音を、思い起してもらいたい。
15:2 もしあなたがたが、いたずらに信じないで、わたしの宣べ伝えたとおりの言葉を固く守っておれば、この福音によって救われるのである。

15:3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。
すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、

15:4 そして葬られたこと、
聖書に書いてあるとおり、三日目によみがえったこと、

福音の内容は①メシアが死に ② 葬られ
③3日目に復活した
その内容(福音の三要素の3番目がこのイザ53:
10節に出てくる
それは死んだのちにここでは見ている

また末長く(新改訳3)という言葉がある
死んだ人がどうして末長く見ることができるのだろうか
それは復活ということがなければ不可能な内容

 

 

53:10の要約

神さまはしもべが苦しみにあって死ぬことを
みこころとされた
というのはその方法によって神は
人類の罪過のためのあがないを成し遂げていた

メシアは死ぬがそれにもかかわらず子孫を見ることができる
さらに末長く見ることができる
それは復活するからである

神は、しもべが苦しみを受け、死ぬことをよしとされた。
それが人々の罪をあがなう神の方法だからである。
しもべは死ぬが、その子孫を見、その命は長くされる。

 

 

 

11節

義認がここで教えられている

 

53:11 彼は自分の魂の苦しみにより光を見て満足する。
義なるわがしもべはその知識によって、
多くの人を義とし、また彼らの不義を負う。
Isa 53:11 He shall see of the travail of his soul, and shall be satisfied:  by the knowledge of himself shall my righteous servant justify many; and he shall bear their iniquities.
イザ 53:11 彼は、自分のいのちの
激しい苦しみのあとを見て、満足する。

わたしの正しいしもべは、
その知識によって多くの人を義とし、
彼らの咎を彼がになう。(新改訳3)

神はご自分のしもべの苦しみを見て満足する
メシアがささげたこの罪のためのいけにえが
受け入れられたから

わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義と
する
この知識というのは経験的な知識 体験のこと
つまり救いとはメシアを体験的に知る メシアの赦しを体験した結果やってくる神の前に義とされるという事実
(体験主義とは違う
この箇所のヘブル語訳を直訳すると
「正しいしもべは、彼を知る知識によって多くの人を義とし」となる。
…このしもべについて信仰の知識がある人、つまりその方を知り、私たちの罪のために死んでくださったと知っている人は、その知識によって義とされるのである。

そしてメシアはその人たちの咎を になう
贖罪の日ヨム・キプールに二頭のヤギが大祭司の前にひかれて来る(レビ記16章)
くじを引いて一頭はほうむられ一頭は解放される
くじによって殺されることが決まったヤギの血を至聖所に持って行き契約の箱の上に振りかけるようになる
つまり10節
その二頭のヤギの一頭目の役割をメシアはした
(天の聖所がきよめられたこと?ヨハ20:17、ヘブ9:12~)
そのあと大祭司は至聖所から出てきて今度は
生きているもう一頭のヤギの上にイスラエルの罪を告白をしその肩に罪をかぶせる
そしてイスラエルの罪を背負った二頭目のヤギはイスラエルの宿営地の外に追い出される
ということは11節
メシアはその二頭目のヤギの役割を満たした

 

メシアはすべての人のために死なれたが、その死が効果を持つのは信じる者に対してだけである。信じる者に対しては、「彼らの咎を彼がになう」という言葉が成就する。

 

 

53:11節の要約

神はメシアの死を見て満足した
なぜならメシアは人々の罪の身代わりとして
その咎をになって死んだから
その死によって多くの人を義とした
それがメシアの働き

神は、しもべの働きに満足する。
しもべが神の民の身代わりとなって死に、その死によって人々の罪を負い、多くの人を義とするからである。

 

 

 

12節

主のしもべが神からご褒美をいただいている

 

53:12a それゆえ、わたしは彼に大いなる者と共に
物を分かち取らせる。
彼は強い者と共に獲物を分かち取る。
Isa  53:12a Therefore will I divide him a portion with the great, and he shall divide the spoil with the strong;
イザ 53:12a それゆえ、わたしは、多くの人々を彼に分け与え、
彼は強者たちを分捕り物としてわかちとる。(新改訳3)

これは戦争に出かけた将軍が勝利をして分捕りものを自分の部下たちに分け与えている姿
だから今の時代に
イエスをメシアとして受け入れた人たちは
やがて来たるべき神の千年王国においてメシアが分けてくださる分捕り物をいただくようになる

 

 

53:12bc これは彼が死にいたるまで、自分の魂をそそぎだし、
とがある者と共に数えられたからである。
しかも彼は多くの人の罪を負い、
とがある者のためにとりなしをした。
because he poured out his soul unto death, and was numbered with the transgressors:
yet he bare the sin of many, and made intercession for the transgresors.
彼が自分のいのちを死に明け渡し、
そむいた人たちとともに数えられたからである。
彼は多くの人の罪を負い、
そむいた人たちのためにとりなしをする。(新改訳3)

 

四つの理由をあげて結論を出す
①命を死に明け渡し
そむいた人たちとともに数えられた
多くの人の罪を負
った

そむいた人たちのためにとりなしをした

これはルカの福音書22:37に引用されている
ルカ 22:37 あなたがたに言うが、『彼は罪人のひとりに数えられた』としるしてあることは、わたしの身に成しとげられねばならない。
そうだ、わたしに係わることは成就している」。

 

 

53:12の要約

メシアは罪人の罪のために身代わりで死んだが故に最後は大いに祝福される
そしてメシアは罪人のために死に
今は罪人たちの罪を赦し 彼らのためにとりなしをしている

最終的に、しもべは地上のだれにも勝る祝福を受ける。
それは、しもべが身代わりの死を遂げることで他の人々の罪を背負い、さらにその人々のためにとりなしをするからである。

 

 

 

これで五つの区分が終わった

 

セミナーテキスト12ページ

イザヤ書52章53章が教えている点を九つ要約した

結論

(1)メシアは普通の環境の中に生まれ、普通の人生を歩んだ。
(テキストにはメシアは普通の環境の中で、普通に誕生する。と書いてある。)
普通の環境の中に生まれ普通の男の子として生きて成長したということ
普通に誕生する。というのは処女降誕を否定しているのではない
むしろメシアは普通の環境の中に生まれそれから普通の人生を歩んだということ

(2)メシアの初臨の特徴は、
受難である。

(3)初臨のメシアは、拒否される。

(4)メシアは裁判を受け、死刑を宣告される。

(5)メシアは、死刑を執行される。

(6)メシアは、金持ちの墓に葬られる。

(7)メシアは、復活する。
(8)メシアの受難と死とは、
すべての罪人の身代わりである。

セミナーテキスト 変換ミス訂正箇所
誤:メシアの受難と使徒
正:メシアの受難と死と
メシアが死なれたのは、私たちがいのちを受け、罪が取り除かれ、神との新しい関係に入るためだった。

(9)メシアは、
ご自身を信じる全ての人に義認をもたらす。

以上の九つがイザヤ書52章53章が預言している内容

 

 

シィーラ 終わり

 

 

 

 

新約聖書を読む限り、誰がイエスを殺したかは問題にされていない。
メシアはいずれにせよ死ぬ必要があったからである。
それが問題になったのは、後年に反ユダヤ主義者がユダヤ人を迫害する口実を探すようになってからのことだ。
新約聖書が唯一問題にしているのは、
「イエスがあなたの身代わりとしていけにえとなってくださったことを受け入れますか」
という点のみである。

 

 

以下は参照聖句

罪過のためのいけにえ
とがの供え物、愆祭(口語訳)
賠償の献げ物(新共同訳)
罪過のためのいけにえ(新改訳3)
代償のささげ物(新改訳2017)

イザ53:10b もし彼が、自分のいのちを罪過のためのいけにえとするなら、(新改訳3)

ヘブル語の「罪のための捧げ物」アシャムは「違反」または「罪」を意味する。
この言葉は、ヘブル語聖書で最も重要なささげものである罪のためのささげものを指している(レビ5:14~6:7参照)。
神はこのしもべをアシャムの供え物とされました。
この用語の使用は、このしもべが意図的でない罪と意図的な罪の両方のために死んだことを示している。

レビ 5:14 主はまたモーセに言われた、
5:15 「もし人が不正をなし、あやまって主の聖なる物について罪を犯したときは、その償いとして、あなたの値積りにしたがい、聖所のシケルで、銀数シケルに当る雄羊の全きものを、群れのうちから取り、それを主に携えてきて、愆祭(けんさい)a trespass offering としなければならない。
5:16 そしてその聖なる物について犯した罪のために償いをし、またその五分の一をこれに加えて、祭司に渡さなければならない。
こうして祭司がその愆祭の雄羊をもって、彼のためにあがないをするならば、彼はゆるされるであろう。
5:17 また人がもし罪を犯し、主のいましめにそむいて、してはならないことの一つをしたときは、たといそれを知らなくても、彼は罪を得、そのとがを負わなければならない。
5:18 彼はあなたの値積りにしたがって、雄羊の全きものを群れのうちから取り、愆祭としてこれを祭司のもとに携えてこなければならない。
こうして、祭司が彼のために、すなわち彼が知らないで、しかもあやまって犯した過失のために、あがないをするならば、彼はゆるされるであろう。
5:19 これは愆祭である。
彼は確かに主の前にとがを得たからである」。
6:1 主はまたモーセに言われた、
6:2 「もし人が罪を犯し、主に対して不正をなしたとき、すなわち預かり物、手にした質草、またはかすめた物について、その隣人を欺き、あるいはその隣人をしえたげ、6:3 あるいは落し物を拾い、それについて欺き、偽って誓うなど、すべて人がそれをなして罪となることの一つについて、6:4 罪を犯し、とがを得たならば、彼はそのかすめた物、しえたげて取った物、預かった物、拾った落し物、6:5 または偽り誓ったすべての物を返さなければならない。
すなわち残りなく償い、更にその五分の一をこれに加え、彼が愆祭をささげる日に、これをその元の持ち主に渡さなければならない。
6:6 彼はその償いとして、あなたの値積りにしたがい、雄羊の全きものを、群れの中から取り、これを祭司のもとに携えてきて、愆祭として主にささげなければならない。
6:7 こうして、祭司が主の前で彼のためにあがないをするならば、彼はそのいずれを行ってとがを得てもゆるされるであろう」。

 

 

 

メシア預言(15)2026年1/31
旧約聖書におけるメシア預言

 

 

 

アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳
メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー

ハーベスト・タイム・lミニストリーズ出版部

今回のセミナーの内容はこの本のp.75~79、195∼206
そちらもゼヒお読みください。

 

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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