練馬桜台聖書フォーラム

メシア預言レジュメ(12)2025年 12/13

2025.12.28

カテゴリー:お知らせ, メシア預言, 学び

旧約聖書におけるメシア預言
レジュメ
(12
)2025年12/13

 

受難のしもべを1節ずつ解説する

 

2007年フルクテンバウム博士セミナー

旧約聖書におけるメシア預言
THE MESSIAH OF THE OLD TESTAMENT
By Dr. Arnold Fruchtenbaum

(テキスト)

ご購入はこちらからCD)(テキスト

 

レジュメもくじ

前回のレジュメ

 

フルクテンバウム博士のメッセージを
中川健一牧師がわかり易く通訳してくださった
セミナーの内容を基に作成しています。

以下
青色の聖句はセミナーでとりあげられた聖句箇所です
セミナーでは新改訳3を使用しています

(このHPでの引用聖句は原則 口語訳聖書 旧約聖書1955年改訳 新約聖書1954年改訳 日本聖書協会)
新改訳3」とは聖書 新改訳 ©1970,1978,2003 新日本聖書刊行会
「新共同訳」とは聖書 新共同訳©共同訳聖書実行委員会j

「新改訳2017」とは聖書 新改訳2017 ©2017 新日本聖書刊行会 からの引用です
黒色の文章がセミナーの説明文
緑色の文章はHP編者による補足説明
ヘブル語時制はJ-ばいぶるHEBREWより
紫色の聖句は引用聖句や参考聖句
(英語訳は基本American Standard Version  ASV)
マロン色の文章
アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー』p.69~72の抜粋補足説明です。
マゼンタ色の文章はDr. Arnold G. Fruchtenbaum ARIEL聖書注解シリーズ イザヤ書 The Book of Isaiah
私家訳版 イザヤ書 第11章 4.【主】のしもべの死、埋葬、復活ほかからの補足説明です

 

興味のある箇所はリンク先もご覧になってみてください。

 

紙の聖書「新改訳2017」こちらをどうぞ

 

旧約聖書におけるメシア預言

イントロダクション
Ⅰ.律法
A.「女の子孫」
B.「アブラハムの子孫」
C.「ユダの子孫」
D.「バラムの預言」
E.「モーセのような預言者」
F.律法のまとめ
Ⅱ.預言書 
A.イザヤ書7:1~21 処女から生まれる
1.ダビデの家に対する脅威 イザヤ7:1~2
2.アハズ王へのメッセージ イザヤ7:3~9
3.解放のしるし イザヤ7:10~17

a.しるしの提供 7:10~11
b.しるしの拒否 7:12
c.ダビデの家に対するしるし 7:13~14
ヘブル語の「アルマー(乙女)」
d.アハズに対するしるし 7:15~17
4.アッシリヤの侵攻 イザヤ7:18~21
結論
B.イザヤ52:13~53:12 受難の僕
ユダヤ教の見解
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3
イザヤ52章~53章のまとめ
1.見よ、わたしのしもべは栄える。52:13~15
2.私たちの聞いたことを、だれが信じたか。53:1~3

 

   

Ⅱ.預言書 

 

 


B.
イザヤ書
52:13∼53:12
受難の僕

 

セミナーテキスト10(12/15)ページ

3節ずつ5つの連からなり、各連の最初のフレーズがその連の主題になっている。

非常に重要な預言なので1節1節カバーしたい

 

 

1.見よ、
わたしのしもべは栄える。
52:13~15

 

イザ 52:13 見よ、わがしもべは栄える。
彼は高められ、あげられ、ひじょうに高くなる。

52:14 多くの人が彼に驚いたように――
彼の顔だちは、そこなわれて人と異なり、
その姿は人の子と異なっていたからである――
52:15 彼は多くの国民を驚かす。
王たちは彼のゆえに口をつむぐ。
それは彼らがまだ伝えられなかったことを見、
まだ聞かなかったことを悟るからだ。

 

 

13節

主のしもべが栄え、高く上げられるというテーマ

 

イザ 52:13 見よ、わがしもべは栄える。
彼は高められ、あげられ、ひじょうに高くなる。
Isa 52:13 Behold, my servant shall deal wisely;  he shall be exalted and lifted up, and shall be very high.

 

見よ、:特に注目しなさいという意味
わがしもべは栄える。サハル未来/ヘブル語動詞の時制はJ-ばいぶるHEBREWより
メシアはその公生涯において予定されていた働きを全て完了するという意味
彼は高められ、ルム(未来)復活の預言
あげられ、ナサ(完了):イエスが昇天するという預言
ひじょうに高くなる。ガヴァ(完了):現在主が父なる神の右の座に座していることを表している

 

使徒行伝2:31~33にこのことが成就している
使 2:31 キリストの復活をあらかじめ知って、
『彼は黄泉 Hades に捨ておかれることがなく、またその肉体が朽ち果てることもない』
と語ったのである。
2:32 このイエスを、神はよみがえらせた。
そして、わたしたちは皆その証人なのである。

2:33 それで、イエスは神の右に上げられ、父から約束の聖霊を受けて、それをわたしたちに注がれたのである。
このことは、あなたがたが現に見聞きしているとおりである。

 

使徒行伝3:13、26(?)
使 3:13a アブラハム、イサク、ヤコブの神、わたしたちの先祖の神は、その僕イエスに栄光を賜わったのであるが、
メシアをしもべと結びつけている。

使 3:26ではなく3:15では?
使 3:15 いのちの君を殺してしまった。
しかし、神はこのイエスを死人の中から、よみがえらせた。
わたしたちは、その事の証人である。
しもべが神によって死者の中からよみがえったことを宣言している。

 

ピリピ書2:(1?)~9にこの預言の成就がある
ピリ 2:5 キリスト・イエスにあっていだいているのと同じ思いを、あなたがたの間でも互に生かしなさい。
2:6 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、
2:7 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。
その有様は人と異ならず、
2:8 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。
2:9 それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。
しもべメシアの使命全体を要約している。

 

 

そこで52:をこのようにまとめることができる
主のしもべメシアは命じられた使命を
全て果たして死んでよみがえり高い地位に引き上げられる
という預言

要約:しもべは知恵をもって行動し、栄光ある地位に上げられる。
復活、昇天、天での現在の座を含む、しもべの地上での働きを簡潔に示している。

 

 

 

14節

しもべの辱めを預言している
13節で高められるとあったがその前に
まず辱め(はずかしめ)を受ける

 

イザ 52:14 多くの人が彼に驚いたように――
彼の顔だちは、そこなわれて人と異なり、
その姿は人の子と異なっていたからである――
Isa 52:14 Like as many were astonished at thee(h
is visage was so marred more than any man, and his form more than the sons of men),

 

多くの者があなたを見て驚いた(新改訳3)
驚きの理由は
顔だちがそこなわれて人のようではないから
14節の動詞は一つ シャメム荒れ廃らせる、干上がらせる」(完了)

そこなわれてミシュハト(名詞):非常にきつい言葉であまりの歪みのゆえにもはや人間のようには
見えなくなったという意味
これは十字架の前のメシアが受けたローマのむちによって打たれた結果起こる歪み

 

 

52:14をこのように要約することが出来る

主のしもべは激しい肉体的な拷問にあい
その結果見るかげもなくなるほどに痛めつけられる

要約:しもべは苦しみを受け、姿かたちがひどくそこなわれる。

 

 

 

15節

主のしもべの勝利

 

イザ 52:15 彼は多くの国民を驚かす。
王たちは彼のゆえに口をつむぐ。
それは彼らがまだ伝えられなかったことを見、
まだ聞かなかったことを悟るからだ。
Isa 52:15 so shall he sprinkle many nations; kings shall shut their mouths at him, for that which had not been told them shall they see; and that which they had not heard shall they understand.

 

彼は多くの国々を驚かす。(新改訳3)ヤツェフ
(未来)
:異邦人の諸国は
メシアがどういう方であるかを知ってびっくりする
王たちは彼の前で口をつぐむ。(未来):メシアに対して尊敬の念を払っている

二つ理由がある
告げられなかったことを目撃するから
聞いたこともないようなことを理解するようになるから
メシアが耐え忍んだことがようやく理解されるのである。

 

ローマ人への手紙15:21で引用されている
ロマ 15:21 すなわち、
「彼のことを宣べ伝えられていなかった人々が見、
聞いていなかった人々が悟るであろう」
と書いてあるとおりである。

 

 

52:15の要約

メシアは受難にあうが
諸国の人々はその意味を知って
メシアがどなたであるかを
驚きの目をもって理解するようになる

要約:メシアの受難の目的を理解し始めた世の支配者たちは、口をつぐみ、その方に目を注ぐ。

 

 

 

第一区分がこれで終わるがその内容は

神さまが
ご自分のメシアがどういう人物であるかを世界に対して紹介している
これが52:13~15

言い換えればこれが次に続く53章全体のまとめでありイントロダクションになっている
53:1~12が、52章の3つの節の詳細な説明となっている。

 

 

 

 

第2番目の区分が53:1~3
私たちの聞いたことを、だれが信じたか?
ここでイスラエルは
メシアを拒否した罪を告白している

その内容が第二区分第三区分第四区分まで続く
そこまでがイスラエルの罪の告白
預言的文脈においては1~9節は、イスラエルが初臨のメシアを認識できなかったという告白を含んでいる。
この告白は、メシアの再臨の前提条件である。

ここでは預言的に見ると二つの前提がおかれている
メシアの死 埋葬 復活というテーマ
②それと並行して将来イスラエルが
自らの罪を告白しメシアを受け入れ救いを得るようになる
というテーマ

イスラエルの告白が起こった時に
メシア的王国がそこに確立する
それが53章54章と続いていくテーマ

 

 

2.私たちの聞いたことを、
だれが信じたか。 

53:1~3

 

イザ 53:1 だれがわれわれの聞いたことを
信じ得たか。
主の腕は、だれにあらわれたか。
53:2 彼は主の前に若木のように、
かわいた土から出る根のように育った。
彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。
53:3 彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。われわれも彼を尊ばなかった。

 

 

1節

イスラエルの不信仰を伝えている

 

イザ 53:1 だれがわれわれの聞いたことを
信じ得たか。
主の腕は、だれにあらわれたか。
Isa 53:1 Who has believed our message?  and to whom has the arm of Jehovah been revealed?
信仰あるレムナントたちがこう問うことになる。
長い間
メシアについてのメッセージを聞いてきたが
彼らは信じなかったということを
イスラエルの民は告白している

 

この個所は
ヨハネの福音書12:37~38全文が引用されている

ヨハ 12:37 このように多くのしるしを彼らの前でなさったが、彼らはイエスを信じなかった。
12:38 それは、預言者イザヤの次の言葉が成就するためである、
「主よ、わたしたちの説くところを、だれが信じたでしょうか。
また、主のみ腕はだれに示されたでしょうか」。

 

またローマ人への手紙10:16一部が引用されている
ロマ 10:16 しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。
イザヤは、
「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」
と言っている。

 

 

53:1の要約

イスラエルは
52:13~15に書かれてある内容を聞いてそれを理解し驚いている姿

要約:イスラエルは52:13~15で語られたことに驚く。

 

 

 

2節

メシアが人間性を持っていることが預言される

 

イザ 53:2 彼は主の前に若木のように、
かわいた土から出る根のように育った。
彼にはわれわれの見るべき姿がなく、威厳もなく、
われわれの慕うべき美しさもない。
Isa 53:2 For he grew up before him as a tender plant, and as a root out of dry ground:  he has no form nor comeliness; and when we see him, there is no beauty that we should desire him.

 

ここに出てくる内容はイザヤ書11:1
既に取り上げられた内容
イザ 11:1 エッサイの株から一つの芽が出、その根から一つの若枝が生えて実を結び、

ここにある絵は
ダビデの家が一本の大きな木のように描かれていて
その木が切り倒されてその木の株から新しい若枝が芽生えているという姿

切り株が既に死んだように見えていたが
突然そこから芽が生えてくる
これが示していることは
ダビデの家が死んだ木の切り株のようになったところに若枝のようにメシアが登場するという預言

先ほどの11:1では、エッサイの名前が出てくる
ダビデの名前ではなくエッサイの芽からという表現で
ダビデはなくダビデの父のエッサイの名前が出てくる
ダビデのことを考えるとダビデは王であり戦士
しかしダビデではなくてその父のエッサイを考えるとまさにエッサイの根株(新改訳3)と言うに等しく
ベツレヘムの貧しい家の男のイメージが湧いてくる

つまりメシアは
エッサイの根株
つまり貧しさに打たれてしまっているような家系から突然新芽(新改訳3)のように現われるという意味

イザヤ書11章で触れられていたことが
より詳しく53:2に展開される
~若枝のように芽ばえ、砂漠の地から出る根のように育った。(以下新改訳3)
わずかばかりの命を吸いながら育っている様子
また砂漠というのは乾いた地
そこから出る
これは根株も砂漠も
共に貧しい地位から出てくるメシアの姿

~私たちがみとれるような姿も輝きもなく、
外側の表れを見ると
人々の目を奪うようなことはまったくないということ

私たちが慕うような見ばえもない。
メシアの外面は
周りの人たちの目を奪うようなものではなかったということ

だからこの53:2を読むと
私は自分の壁にイエスの肖像画を掛けたいとは思わない

イエスさまがどういう顔をしていたか誰も知らないが
イエスの肖像画というのは全部画家の頭の中に起こった
イマジネーションの結果描かれている

そして殆どの絵で中東の当時のユダヤ人男性の顔ではなくスカンジナビア系のハンサムな男性の顔になっている
もし皆さんがイエスの肖像画で好きなのがあって
それを壁にかけていつもそれ見ていると
その絵の印象が強すぎて天国に行った時に
イエスさまを探すのに何百年かけても出会えない

イエスさまがどういう顔か私はわからないが
ラビたちの話の結論を考えると中国人のような顔ではなかったというのはわかる

・・・ラビジョークは割愛させていただきます

 

 

53:2の要約

イエスさまがこの地上生涯を過ごしていた時に特に素晴らしい容姿をしていたわけではないので人々はこれがメシアだと認識することができなかった
イエスさまの子供時代も
ほかのユダヤ人の子供達と同じように育っている

要約:「しもべ」が共にいた時、その姿かたちには特に人をひきつけるようなものはなく、魅力を感じなかったとイスラエルは告白する。
しもべの子ども時代や成長過程も、ほかの人々と何ら変わりはなかった。

 

 

 

3節

さげすまれるメシア 主のしもべ

 

イザ 53:3 彼は侮られて人に捨てられ、
悲しみの人で、病を知っていた。
また顔をおおって忌みきらわれる者のように、
彼は侮られた。
われわれも彼を尊ばなかった。
Isa 53:3 He was despised, and rejected of men; a man of sorrows, and acquainted with grief:  and as one from whom men hide their face he was despised; and we esteemed him not.

 

彼はさげすまれ、人々からのけ者にされ、(以下新改訳3)
ヘブル語では
イスラエルの指導者たちから拒否されたという意味になる

悲しみの人で病を知っていた。
痛みや病がどういうものであるかを
理解してくださっていたということ
イザヤ書1章であったように
この悲しみ或いは病は霊的な意味での病であることを覚えておいてほしい

人が顔をそむけるほどさげすまれ、
姿がみすぼらしいので
人々は関心を払わなかっただけではなく
さげすんだということ
3節の一番最初に出てくる「さげすまれ」というのと再び同じ言葉が出てくる

私たちも彼を尊ばなかった。
そして私たちもつまりユダヤ人たちも彼を尊ばなかった。

ヘブル語でイエスは「イェシュア」という
イェシュア:救いという意味
ところがラビはイエスのことをイエシュアと言わないで「イエシュ」と言う
イエシュ:この人物の記憶は消しされるようにという呪いの言葉
イマフ・シュモ・ベツィフロノ(「彼の名と記憶が消されますように!」という意)という蔑称の頭文字である。
「イェシュア」を「イエシュ」と言うのは呪いの言葉

「ハ・タルイ」という言い方もある
ハ・タルイ:木に架けられた者つまり呪われた者という意味
あるいは「ベン・パンドラ」という言い方をする
パンドラの箱を開けると問題がいっぱい出てくる
ベン・パンドラ:パンドラの箱の息子
つまりイエスが現れたためにユダヤ人にとってはものすごく大きな問題が発生した
そんな言い方でイエスをさげすむ

 

 

53:3の要約

このメシアは人々が顔を背けた
人々がさげすんだ

人々はできる限りこの人物と関わりを持ちたくないと考えた そういう人物

要約:しもべはあざけられ、拒絶され、人々からのけ者にされた。

 

 

 

 

メシア預言(13)2025年12/27
Ⅱ.預言書 B.イザヤ書52:13~53:12 受難の僕

 

ハーベスト・タイム・ミニストリーズ
中川健一牧師の聖書解説
デボーション・ガイド Clay 2026年1月26日より
ホセア書6:1~3
ホセ 6:1 「さあ、わたしたちは主に帰ろう。
主はわたしたちをかき裂かれたが、またいやし、わたしたちを打たれたが、また包んでくださるからだ。
6:2 主は、ふつかの後、わたしたちを生かし、三日目にわたしたちを立たせられる。
わたしたちはみ前で生きる。
6:3 わたしたちは主を知ろう、せつに主を知ることを求めよう。
主はあしたの光のように必ず現れいで、冬の雨のように、わたしたちに臨み、春の雨のように地を潤される」。

(7年間の大患難時代の最後)主イエスの再臨の3日前にイスラエルの民はホセア6:1を呼びかける
彼らはイエスのメシア性を拒否したことが患難の原因であることに気づき
悔い改めの祈りをささげるようになる
(その祈りの内容はイザ53:1~9に出ている)

 

 

アーノルド・フルクテンバウム博士著/佐野剛史訳
メシア的キリスト論
ー旧約聖書のメシア預言で読み解くイエスの生涯ー

ハーベスト・タイム・lミニストリーズ出版部

今回のセミナーの内容はこの本のp.69~
そちらもゼヒお読みください。

 

練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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