京都市中京聖書フォーラム

参加者の声

2018.01.23

カテゴリー:未分類

2016年10月に京都市中京バイブルスタディ(大阪ドーム前聖書フォーラムのエクステンション)としてスタートし、翌2017年10月31日「京都市中京聖書フォーラム」として、自立した聖書フォーラムと認定されました。フォーラムに参加されているみなさんの声をご紹介します。

 

・私は御言葉を学び続けたいと思い、メッセージを朝に聞いたり、夜に学んだりもしましたが、中京フォーラムに来た時に、一番集中できます。

・今、迷い子の子がいっぱいいます。ここにも行ける場所があるよ、と教えたいです。

・サタンって賢いんだな、私も御言葉の武具をつけないと負けちゃうなと思いました。誘惑が神の試練であるとの視点を持つと、誘惑にあった時の自分の問いも変わります。

・聖書そのものや、御言葉を学ぶことに飢え渇きを感じておりました。貴重な交わりに出会わせていただいたことを、心より主に感謝しております。

・日々のできごとに一喜一憂しないためには、聖書に何が書かれてあるかということを学んで神のご計画の全体が必ず成就することを知り、霊的体幹を強くすることが大切だと思いました。

・未信者の方も、みな、生きていく拠り所を求めているように思います。緊急性を持って御言葉を宣べ伝える必要があると思います。イエスさまのやり方も一人ひとりとの関わりを大切にされていましたね。

・今、ハレルヤ!と言いにくい世の中です。その中で継続してフォーラムで黙示録も学んでいることは素晴らしいことです。終末論、神の救済計画、イスラエルやエルサレムの位置付けなど、聖書全体の御言葉がわかってきています。

・高校時代に「若き日にあなたの造り主を覚えよ!」と強烈に言われたことが何十年も響いていました。長年、キリスト教を拒否し、押さえつけてきていましたが、今は感謝です。聖書の御言葉をフォーラムで詳しく学べてこれ以上の喜びはありません。成長させてもらっています。

・時代が厳しくなる中で、真実を学び、励ましを受け、また、与え合えるためには、イエスさまに仕える人がいる所に自分を置くことが大切だと知りました。フォーラムに集えることに感謝いたします。

・黙示録が教会でまったく話されていないことに危機感をもっています。

・神の怒りの凄まじさに圧倒されます。イエスが十字架上で、この神の怒りをすべて受けてくださったために、私たちは救われました。イエスの愛の深さに感謝します。

・人としてできる準備を整えることと、主の前に「心の靴」を脱いで鎮まって祈り、神の御心に忠実に歩むことの両面が大切なことを学びました。

・御言葉の種にいのちがあります。私たちのすることは、自分自身が良い種を蒔く者であるように、正しく聖書を学び、日々、主を見上げて生きることが大切なんだと学びました。

・フォーラムで学ぶことで、自分が救われているんだという実感が深まり、イエス様を救い主として信じているんだとの確信が得られました。

・むかしは、知人を教会に連れて行って牧師にお任せという感じでしたが、このフォーラムに来て、一人ひとりが祭司となりみなさんに伝えるとの意識があり、霊的に高められています。

・娘が「お父さんがクリスチャンになって、すごい祝福を受けるようになったね」といいます。フォーラムに集い、日常茶飯事のように恵みがあふれています。

・このフォーラムでの学びは、一人ではなくみなさんと学び合うことで、本当に祝福が多いです。

・今日は、最初の賛美から参加できて感謝です。神様への熱い想いが伝わる賛美で、とっても恵まれました。

・無知が一番怖いと思います。現代も偽預言者が台頭しています。聖書預言を正しく学び、現実の生活にあてはめていくことが大切だと思いました。

・自分だけの小さな世界にいるのでなく、神の主権が働いているとの歴史観・世界観をもっていきたいです。

・私はカトリックですが、勝手な聖書解釈のメッセージではなく、御言葉を字義通りに語ることが中心でなければならないと思いました。

・高齢の父母を抱えて人の死を考え、自分自身もアップダウンが激しい日々でした。終末論を学び、揺るがない者にならねばと思います。

・母は信仰を持ちましたが、父の手作りの神棚や位牌に愛着があります。神様にお任せして、愛をもって接していきたいと思いました。

・私たちは、自分の力では誘惑に立ち向かうのは難しいです。神によって、そのようにさせられている受動態で生かされていることを認識し、その土台には御言葉の学びがあることを知りました。

・愛と義の神は全てをご存知であり、救いに至る者を千年王国に導かれます。この最終ゴールを見据えて、私たちはこの世から分離し、日々の選択を積み重ねていく生き方に立つ価値を学ぶことができました。

・今、この世の流れは一個人の決断では変え難いような方向に進んでいるようです。その中で、追い立てられるように日常生活をしています。神が設定されている最終ゴールから逆算して、日々の決断をしっかりしていく勇気をいただきました。神に頼り、イエスに信頼して、人間的殻を破らせていただきたいです。

・聖書には、不信仰な人や教えられているのに理解できていない弟子たちが出てきて、私も慰められます。

・人生の海の嵐にあったときに、幼子のように神に接していきたいです。神様が絶対に支えてくださるとの確信がありますが、「でも、大変なんです!」と訴えられる関係でありたいです。

・ユダヤ人のメシア拒否の後、イエス様はたとえで話されるようになりました。この時から、旧約聖書には啓示されていなかった「奥義としての王国」がはじまった、との文脈をフォーラムで学び、おもしろいなあと思いました。

・信仰をもつにいたった始めの頃と比べ、今、聖書を学んできてイエス様への信頼が積み重なる中で、日々の平安が与えられています。

・「まことに まことに」と語られたイエスの御言葉の理解は、信仰のない人には理解できませんが、信仰のある人は、さらに深く真理を知るようになるものであると学びました。今、学びの時が与えられ、訓練を受けている恵みに感謝します。

・イエスにとどまった弟子たちは、イエスの死、埋葬、復活、昇天を目撃する者となりました。私たちは、主イエス・キリストにとどまることで、携挙に与り、栄光の体を得て千年王国に入ります。この喜びを伝えていきたいと思います。

京都市中京聖書フォーラム

代表:北澤照久

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