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練馬桜台聖書フォーラム

千年王国レジュメ(2)2017年 9/23

2017.09.23

カテゴリー:千年王国, 学び

千年王国レジュメ(2)2017年9/23

 

千年王国の一般的な特徴を教えている旧約預言
聖なる山、【主】の家の山、新しい天と新しい地
詩篇はへブル的詩的表現、対句法の4行詩
栄光のからだの者と自然の肉体の者
サタンは閉じ込められるが死と罪が完全になくなるわけではない

 

 

2013年フルクテンバウム博士セミナー『聖書は千年王国について何を教えているか』テキスト) を学んでいます。

 

千年王国レジュメ(1) 2017年9/9
Ⅰ.千年王国を信じる根拠  A.ユダヤ的契約の中には、成就していない約束がある。 B.預言者が語った預言の中には、成就していない預言がある。 C.まとめ

フルクテンバウム博士のメッセージを中川健一牧師がわかり易く通訳してくださったセミナーの内容を基に作成しています。

以下、青色の聖句はテキストでみていく聖句です。
紫色の聖句の聖句は2回目にでてきた聖句、または参考聖句です。
緑色の文章は補足説明です。
黒色の文章がセミナーの説明文です。
興味のあるところはリンク先もご覧になってみてください。

 

千年王国に関する3つの説とその歴史的変遷、聖書的吟味については、
中川健一牧師の CD テキスト付 『1日でわかる「千年王国論」』 ハーベスト・タイム・ミニストリーズ 2500円をどうぞお求めください。

 

 

千年王国を信じる根拠は黙示録20章だけではありません。

聖書に取り組む際の姿勢
聖書を字義通り文字通りに読むのか、
あるいは比喩的に読むのかにより
神学体系が変わってきます。

神学者によって終末論がなぜこんなに違うのか、あるいはイスラエル理解がこんなに違うのかと疑問に思ったことがあると思います。
それは聖書を字義通りに読んでいるのか、
比喩的に読んでいるかの違いです。
比喩的に読んでいる度合いが強いほど無千年王国説に近づいていきます。

 

セミナーテキスト3ページ

Ⅱ.千年王国の一般的な特徴

 

詩篇とは
モーセ五書(創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記)と預言者たちの書(多数有り)の内容を詩的表現でまとめたものです。

A. 詩篇15:1~5

詩 15:1 【主】よ。
だれが、あなたの幕屋に宿るのでしょうか。
だれが、あなたの聖なる山に住むのでしょうか。
ダビデがつくった詩で預言的詩篇です。
ダビデの時代に「聖なる山」はありませんでした。

15:2 正しく歩み、義を行い、
心の中の真実を語る人。
15:3 その人は、舌をもってそしらず、
友人に悪を行わず、隣人への非難を口にしない。
15:4 神に捨てられた人を、その目はさげすみ、
【主】を恐れる者を尊ぶ。
損になっても、立てた誓いは変えない。
15:5 金を貸しても利息を取らず、
罪を犯さない人にそむいて、わいろを取らない。
このように行う人は、決してゆるがされない。
*メシア的王国に住む市民の特徴を描写しています。

*メシア的王国の住民全てが罪がないということではない(先にいってからみます)にしても、ほとんどの者がこのような特徴を持つようになります。

 

 

B. 詩篇24:1~6

詩 24:1 地とそれに満ちているもの、
世界とその中に住むものは【主】のものである。
24:2 まことに主は、海に地の基を据え、
また、もろもろの川の上に、それを築き上げられた。
24:3 だれが、【主】の山に登りえようか。
だれが、その聖なる所に立ちえようか。
【主】の山に登」る聖なる所」とダビデはいっていますが、ダビデの時代には未だ存在していません。
つまり、これは将来のことを預言した詩篇です。

24:4 手がきよく、心がきよらかな者、
そのたましいをむなしいことに向けず、
欺き誓わなかった人。
24:5 その人は【主】から祝福を受け、
その救いの神から義を受ける。
24:6 これこそ、神を求める者の一族、
あなたの御顔を慕い求める人々、ヤコブである。 セラ
*特に6節は或る時代に登場するユダヤ人たちの特徴を表現しています。

 

 

C. イザヤ書2:2~4

イザ 2:2 終わりの日に、
【主】の家の山は、山々の頂に堅く立ち、
丘々よりもそびえ立ち、
すべての国々がそこに流れて来る。
【主】の家の山」が非常に高い山だとわかります(詳しくはのちほど)。
【主】の家の山が世界中の人々の関心の的となり、人々がここに世界から流れて来るようになります。

2:3 多くの民が来て言う。
「さあ、【主】の山、ヤコブの神の家に上ろう。
主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。
私たちはその小道を歩もう。」
それは、シオンからみおしえが出、
エルサレムから【主】のことばが出るからだ。
2:4 主は国々の間をさばき、
多くの国々の民に、判決を下す。
彼らはその剣を鋤に、
その槍をかまに打ち直し、
国は国に向かって剣を上げず、
二度と戦いのことを習わない。
*普遍的平和が世界中に広がるようになります。
*同時に、国々の間に紛争も起こりますが、武力によってではなく、エルサレムから出る【主】のことばによって解決されます。
つまり、メシアである世界の王であるお方が判決を下され、諸国の民はそれに従います。
*武器は全て農機具に打ち直され、戦いのことは学ばないわけですから、いわゆる陸軍学校や兵学校のようなものが存在しなくなるということです。

 

セミナーテキスト4ぺージ

D. イザヤ書11:6~9

イザ 11:6 狼は子羊とともに宿り、
ひょうは子やぎとともに伏し、
子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、
小さい子どもがこれを追っていく。
11:7 雌牛と熊とは共に草をはみ、
その子らは共に伏し、
獅子も牛のようにわらを食う。
*動物界に普遍的平和が訪れます。
*野獣が全て草食動物になります。
*人間が堕落する前のエデンの園の状態です。
アダムとエバが堕落して以降は動物の中で或るものが肉食に変化しました。
しかし、千年王国においてはその肉食動物たちがエデンの園にいた時の状態に再び回帰します。

11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、
乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。
*人間と動物界とが平和に共存するようになります。
子供が最も毒のある蛇と遊んでも害を被ることがなくなります。

11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、
これらは害を加えず、そこなわない。
【主】を知ることが、
海をおおう水のように、地を満たすからである。
(6~8節の)二つの内容が保証される理由は
【主】に関する知識が世界に満ちる、つまり、体験的に主を知ったということが人間にも動物にも影響を与え、平和をもたらす、ということです。

 

セミナーテキスト5ページ

E. イザヤ書65:17~25

イザ 65:17 見よ。
まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。

先の事は思い出されず、
心に上ることもない。
新しい天と新しい地」という言葉がでて、預言が始まります。

注意点―黙示録21章22章の「新しい天と新しい地」とは異なるので混同しないように。

黙示録21、22章の新天新地ヨハネの黙示録レジュメ(21)、 同(19)Renovation for the New Heavens & the New Earth 参照)には罪も死もありません。
しかし、この箇所で描写している地上での千年王国には罪と死が未だあるのです。
*ここでイザヤは、神による奇跡的な天地の再創造があり、それが千年王国の準備となるということを描写しています。
黙示録によると7年間の患難時代で地上の面積の約4分の3が破壊され、人口もほぼ同じ割合の人々が死んでしまいます。
千年王国が来るためにはその破壊された状況を手直しする必要があり、17節はそれを描写しているものです。

ダニエル書12章11~13
ダニ 12:11 常供のささげ物が取り除かれ、荒らす忌むべきものが据えられる時から千二百九十日がある。12:12 幸いなことよ。忍んで待ち、千三百三十五日に達する者は。12:13 あなたは終わりまで歩み、休みに入れ。あなたは時の終わりに、あなたの割り当ての地に立つ。」

大患難時代が終わり千年王国が始まるまでの中間期は計算すると75日になります。
(75日については ヨハネの黙示録レジュメ(19)チャート 参照)

その75日間に千年王国が成就するために行われる様々な準備の一つが、荒廃した土地の修復です。
大きな地殻変動や地理的変化が起こりますが、今住んでいる古い世界のあるものは残り、また今までなかった全く新しいものがでてくるという、古いものと新しいものが併存する状態になります。
*****

65:18 だから、わたしの創造するものを、
いついつまでも楽しみ喜べ。
見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、
その民を楽しみとする。
65:19 わたしはエルサレムを喜び、
わたしの民を楽しむ。
そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。
*千年王国のエルサレムの描写(のちほど詳しくとりあげます)

65:20 そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、
寿命の満ちない老人もない。
百歳で死ぬ者は若かったとされ、
百歳にならないで死ぬ者は、
のろわれた者とされる。
*千年王国での生と死についての預言

******
ここを理解するためにはへブル的詩的表現について知る必要があります。
イザヤ書の預言は、イザヤ書4章のみ例外で、それ以外は全てへブル的詩的表現です。
へブル的詩的表現
英語圏の詩のような韻を踏むという方法ではなく、対句法です。

対句法
4行詩の形式
1行目:単純な或る物事の描写
2行目:1行目の詳細
1行目に語られた内容を受けて更にそれを別の角度から表現するか、新しいものを付け加えるか、或いはそのテーマを2行目で終えます。
3行目:2行目が土台
しかし、多くの場合は2行目と直接的関係がないような宣言がなされます。
4行目:3行目のテーマを引き継ぐか、追加情報を付けるか、あるいは3行目の考えを終えます。

 

それを前提にすると20節の構造は

1行目:「そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も」ない
千年王国に幼児の死はありません。
御国で生まれた人は全員が大人になるということです。
2行目:1行目の考えを展開しています。
寿命の満ちない老人もない。
うまれた人は全て老人の年齢にまで到達します。
3行目:2行目をもとに宣言していますが、また違った内容を教えています。
百歳で死ぬ者は若かったとされ、
100歳が御国において誰もが到達する年齢であり、100歳になって死ぬ人は若死にと言われます。
4行目:3行目の考え方をここで完成させます。
そして百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。
死ぬ人とは罪人です。
のろわれた者と言われます。

日本語訳は「百歳にならないで死ぬ者は」ですが、英語の訳は「百歳で死ぬ者は」になっています。
ASV
Isaiah65:20
There shall be no more thence an infant of days,
nor an old man that hath not filled his days;
for the child shall die a hundred years old,
and the sinner being a hundred years old shall be accursed.

新共同訳
イザ 65:20b百歳に達しない者は呪われた者とされる。

口語訳
イザ 65:20百歳で死ぬ者は、のろわれた罪びととされる。

日本語の、新改訳、新共同訳、口語訳の中では、口語訳が最も正確です。
百歳で死ぬ者は
100歳で死ぬ人は不信者、或いは罪人であったということです。

結論
千年王国が始まる時は全員が正しい人(神に正しいとされる人、つまり信者)で罪人は一人もいません。
しかし、その千年王国の始まりでは自然の肉体をもっている人がいて(大患難時代を生き抜いた信者)、結婚し、子供が生まれます。
その子供たちは100年の間に神を信じるチャンスが与えられています。

セミナーテキスト5ページ

その子たちが信仰を持つならば死ぬことがないので、一千年の終わりまで生き続け、御国の最後に栄光のからだを受け取るようになります。
しかし、信じないことを選んだ者は100歳で死にます。

千年王国においては死が完全になくなるわけではなく、その数が非常に減少するということです。
その死を被るのは自然体をもった不信者だけであり、不信者の死は100歳です。
若くして死ぬ人はいません。
ヨハネの黙示録レジュメ(20)E.その後の出来事 1.最後の反乱 参照)
******

 

21~24節は、個人的な平和と繁栄の時代が約束されています。

65:21 彼らは家を建てて住み、
ぶどう畑を作って、その実を食べる。
65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、
彼らが植えて他人が食べることはない。
*建設と植樹の時代です。

わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、
わたしの選んだ者は、自分の手で作った物を
存分に用いることができるからだ。
長寿の時代です。
信者は死ぬことがないので、30歳で自然の肉体をもって御国の生活に入った人は、御国が終わる時には1030歳になっています。

65:23 彼らはむだに労することもなく、
子を産んで、突然その子が死ぬこともない。
彼らは【主】に祝福された者のすえであり、
その子孫たちは彼らとともにいるからだ。
*悲劇、悲惨な出来事、惨事というものが御国では起こらないということです。

65:24 彼らが呼ばないうちに、わたしは答え、
彼らがまだ語っているうちに、わたしは聞く。
*神からの語りかけが常にあります。
祈りに神が全て答えてくださいます。

65:25 狼と子羊は共に草をはみ、
獅子は牛のように、わらを食い、
蛇は、ちりをその食べ物とし、
わたしの聖なる山のどこにおいても、
これらは害を加えず、そこなわない」
と【主】は仰せられる。
動物世界にも平和があります。

これはイザヤ書11章(前出D.イザヤ11:6~9)で既に確認されていたことです。
イザ 11:6 狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。11:7 雌牛と熊とは共に草をはみ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。【主】を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。

 

 

F. ミカ書4:1~5

ミカ 4:1 終わりの日に、
【主】の家の山は、山々の頂に堅く立ち、
丘々よりもそびえ立ち、
国々の民はそこに流れて来る。
4:2 多くの異邦の民が来て言う。
「さあ、【主】の山、ヤコブの神の家に上ろう。
主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。
私たちはその小道を歩もう。」
それは、シオンからみおしえが出、
エルサレムから【主】のことばが出るからだ。
4:3 主は多くの国々の民の間をさばき、
遠く離れた強い国々に、判決を下す。
彼らはその剣を鋤に、
その槍をかまに打ち直し、
国は国に向かって剣を上げず、
二度と戦いのことを習わない。
テーマは普遍的な平和

イザヤ書2:2~4と同じです。
引用です。
イザ 2:2 終わりの日に、【主】の家の山は、山々の頂に堅く立ち、丘々よりもそびえ立ち、すべての国々がそこに流れて来る。2:3 多くの民が来て言う。「さあ、【主】の山、ヤコブの神の家に上ろう。主はご自分の道を、私たちに教えてくださる。私たちはその小道を歩もう。」それは、シオンからみおしえが出、エルサレムから【主】のことばが出るからだ。2:4 主は国々の間をさばき、多くの国々の民に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。
****

 

4:4 彼らはみな、おのおの自分のぶどうの木の下や、
いちじくの木の下にすわり、彼らを脅かす者はいない。
まことに、万軍の【主】の御口が告げられる。
*個人的な平和と繁栄の時です。

4:5 まことに、すべての国々の民は、
おのおの自分の神の名によって歩む。
しかし、私たちは、世々限りなく、
私たちの神、【主】の御名によって歩もう。
*たとえ異邦人の国々が偶像礼拝に陥ったとしても私たち(イスラエルの民、ユダヤ人)に関してはイスラエルの神を礼拝します、と宣言しています。
1節から3節で異邦人は主の山に来るわけですから、この5節で異邦人の国々が「自分の神の名によって歩む」ということは事実ではありません。
ですから、5節の「すべての国々の民は、おのおの自分の神の名によって歩む。」とは1節から3節と矛盾した内容ではなく仮定です。
たとえ異邦人が偶像礼拝に陥ったとしてもイスラエルはそうしないという仮定のシナリオをうたっているわけです。

 

 

ヨハネの黙示録20:1~3

黙 20:1 また私は、御使いが底知れぬ所のかぎと大きな鎖とを手に持って、天から下って来るのを見た。
20:2 彼は、悪魔でありサタンである竜、あの古い蛇を捕らえ、これを千年の間縛って、20:3 底知れぬ所に投げ込んで、そこを閉じ、その上に封印して、千年の終わるまでは、それが諸国の民を惑わすことのないようにした。
サタンは、そのあとでしばらくの間、解き放されなければならない。

黙示録19章は再臨の預言です。
20章のこの箇所は再臨の結果サタンが一千年間閉じ込められるという預言です。

サタンは辱めを受けます。
神が遣わした天使に、サタンを縛るというサタンに対する主権が与えられるからです。
サタンが閉じ込められる場所はアビス(新改訳では「底知れぬ所」)といって、シオール(へブル語Sheol)、あるいはハデス(ギリシャ語Hades)の中の、堕落した天使が一時的に閉じ込められる場所です。
ヨハネの黙示録レジュメ(19)Satan Bound of 1,000 Years in the Abyss、同(18)一番下の6.サタンの縛り同(7)第五のラッパ アビス 参照)
2012年フルクテンバウム博士セミナー『聖書が教える死後の世界』テキスト16頁~ Ⅲ.死者の場所 A.見えない場所 1.シオール 2.ハデス 「死者の場所チャート」  「ホワイトボード」 参照)
2010年フルクテンバウム博士セミナー『天使論、サタン論、悪霊論』テキスト 「サタン論」11頁 サタンの6つのすみかE.アブソス、「悪霊論」6頁~Ⅳ悪霊の起源 B.閉じ込められた悪霊1.一時的に閉じ込められた悪霊、23頁 Ⅶ悪霊の運命 A.千年王国 参照)

今アビスに閉じ込められている悪霊どもが大患難時代のさばきの時には解き放たれると書かれているのが黙示録9章です。
ヨハネの黙示録レジュメ(7)第五のラッパ 9:1参照)

アビスに一千年間閉じ込められるサタンは、再びそこから解放されます。

千年王国において
栄光のからだの者(千年王国始まりの時までに死んでいる信者)罪を犯しません。
自然の肉体の者(患難期を生き延びた信者とその子供たち:信者、不信者)依然として罪を犯すことがあります。
サタンや悪霊からの誘惑がなくなるので罪はすごく少なくなりますが完全になくなるわけではありません。
アダムから引き継いだ罪の性質をまだ持っているからです。

 

 

参考文献: フルクテンバウム博士著『The Footsteps of the Messiah』翻訳メモ 第17章 メシア的王国の一般的特徴

 

千年王国レジュメ(3)2017年10/14
Ⅲメシア的
王国の統治形態 へ

 

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練馬桜台聖書フォーラム

代表 :南 知之

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